第48話 思い出は繋がってゆく
「そうか。そこまで言うのであればもう何も言わん。正彦ならば己の力だけでも結果をだすだろう。……綾音さんを大事にするのだぞ」
「……ありがとうございました、お館様、巴様。これまでに受けたご恩、我儘を許していただいた事、決して忘れません」
「このような形でお会いする事になってしまい残念に思います。……できればもっと色々お話を伺いたかったです」
「それなら今日はうちに泊まったら?どうせ他の三家に行くのは明日なんでしょ」
「それはそうですが、ご迷惑ではありませんか」
「平気平気。子供達は丁度修学旅行とかで皆いないしね。……それに最後くらいは私の手料理を食べさせてあげたいもの。ね、いいでしょ?」
「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきます」
こうして正彦くんと綾音さんが一泊する事となった。
時間も夕方に差し掛かっているし、これが正彦くんと綾音さんと接する最後の機会になるのならば悔いを残したくなかった。
すると綾音さんから
「あの、奥様。もしよろしければ、私にもお手伝いさせて頂けないでしょうか?」
との申し出があった。
理由を聞いてみると
「正彦さんからは、お二人には実の両親以上に可愛がって頂いていたとお聞きしています。私が正彦さんに本当に相応しいか、確かめて頂けませんか?」
と言うので
「そうね。それじゃ貴女も一品作ってみて。あ、それと私の事は巴って呼んでいいからね」
こうして綾音さんと一緒に料理を作る事となったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……それで作ったのがこの肉じゃがよ。手際も良かったし、私のより美味しいんだもの。だから綾音さんにお願いして、レシピを教えてもらったのよ」
「じゃあ、これってやっぱり『ママの肉じゃが』なの?」
「ええ、そうよ。綾音さんは『弟の好物なんです』って言ってたわ。正彦くんもそうだけど、綾音さんとももっと話したい事が一杯あったわ。……本当に亡くなるのが早すぎたわよ、二人とも」
そう言って寂しげな顔をする巴さんに、幸は
「……『ママの肉じゃが』がまた食べられたのはともえママのおかげなんだね。ねえともえママ、『ママの肉じゃが』を覚えててくれてありがとうね。いつか幸にも教えてくれる?」
ほんの少しだけ大人びた笑顔でそう言った。
「……もちろんよ、さっちゃん。あなたのママは本当に素晴らしい人だったわ。さっちゃんがこんなにいい娘に育ったのも、パパとママからたくさんの愛情を貰ったからよ。二人の事を、ずっと覚えておいてね」
「うん、大丈夫。幸はパパの事もママの事も、こうちゃんの事もほのちゃんの事も大好きだもん!あ、もちろんおじいさまもともえママも、みつきお兄ちゃんもはるかお姉ちゃんも大好きだよ!」
そして最後は子供らしい屈託の無い笑顔でそう答え、全員が笑顔で夕食を終えたのだった。
その後は談笑しながら時間を過ごし、幸は昨日の約束通りに遥ちゃんの部屋で寝る事となった。
「それじゃ私のお部屋に行きましょうね、さっちゃん」
「うん!みんな、おやすみなさ~い」
嬉しそうな遥ちゃんに手を引かれ、一緒に部屋から出て行く幸。
それを機に皆は部屋へと帰ってゆくが、ほのかさんだけは俺の隣を歩いている。
「……あの、ほのかさん。何か俺に御用でしょうか?」
「理由がないと一緒にいてはいけないんですか?私達婚約者ですよ」
そこで駄目だと言えるはずも無いので、一緒に俺に割り当てられた客間まで来た。
部屋に入ったはいいが、なぜかそこに高坂さん達の姿はない。
「ほのかさん、高坂さん達はどうしたんですか?」
「もう休ませましたよ。せっかくの二人きりを邪魔されたくないじゃないですか」
そう言ってベッドに座る俺の隣に腰掛けて、身体を密着させてきた。
うわ~、めっちゃ柔らかいし良い匂いがする。
ですがほのかさん、俺は婚約者の実家で遠慮なくイチャつけるほど神経太くないんですよ。
「ほのかさん、ストップです。ここで理性が崩壊したら色々気まずいので」
「む~。公平くんは、少し私に対してのドキドキ感が足らないのでは?魅力が無いのかと自信を失くしちゃいますよ、私」
「十分魅力的ですし、なけなしの理性をフル動員してるんです。察して下さい」
仕方ないですね、と言いながらほのかさんは身体を離すが、手だけは重ねられている。
このくらいなら、まだ緊張もしないので大丈夫だ。
ええい、ヘタレと言うなかれ。まだほのかさんと付き合い始めて丸二日だぞ。
これまでが怒涛の展開過ぎるんだよ!
「それでは真面目な話をしましょう。今後ですが、私は橘家に引っ越して生活を共にする。ここまではいいですよね?」
「はい。まずは必要最低限のものだけ持ち込んで、後は引越し業者に任せる形になりますかね」
「そうですね。マンションは引き払いますし、持って来れないものの大半は処分するでしょう」
そうなると当面の目標は
「まずは婚約指輪ですね。でも申し訳無いんですが、貯金があまりないんですよ」
一応これには理由がある。
まだ俺が入社二年目の社会人でそこまで貯金がなかったのが一つ。
そして綾姉と正彦さんの遺産の大半は幸にいったが、その相続税を俺が幾らか立て替えたからだ。
二人の遺産で特に大きいのが土地と家だったが、相続税を払う為には幸はそれらを手放す必要があった。
あの当時は幸が一番落ち込んでいた時期だったし、そこに追い打ちをかけるように住み慣れた家まで手放さなければならないのはあまりにも酷だ。
だから、俺は自分に入った二人の遺産の殆どをそっちに回したのだ。
結果土地と家は手放さずに済んだが、俺の貯金はほぼ空になった。
そして幸と同居し始めたのだから、金が溜まるはずもない。
ぶっちゃけほのかさんに婚約指輪を贈れるのが、何時になるかは見当がつかない。
その辺りの事情をほのかさんに説明すると
「でしたら生活費は私が出しましょう。公平くんは婚約指輪が買えるまではそちらにお金を回してください」
と言ってきた。
……いいのか?そんなヒモみたいな生活で。
「どちらかと言えば結婚が遅くなる方が問題です。さっちゃんを養子にするのもそうですけど、その……子作りとかもありますから」
恥ずかしそうに顔を赤らめるほのかさんが、凶悪なまでに可愛い。
そういう意図はないんでしょうが、本当に理性がもたなくなりそうなので勘弁して下さい。
けど、実際それ以外だと借金するしか方法がないからな。
「分かりました。ほのかさんにはご迷惑でしょうがそれでお願いします」
情けなくもそうお願いした俺に対しほのかさんは
「いえ、迷惑じゃありませんよ。少し気が早いですけど、夫を支えるのは妻の務めですから」
と微笑んでそう答えたのだった。
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