第47話 過去の出会い
その後は皆で昼食をとり、食後『碓井』だけが『用事があるので』と帰宅した。
俺としては『碓井』だけが責め立てられた形だったので心配したのだが
「心配は無用だ。今回の一件、非は『碓井』にあるのは明らかだからな。それが分からん十三じゃない」
「暴走したのは息子達だが、十三も百合子さんも冷静じゃなかったな。事業が上手くいっていないのに加えて、正彦がほのかちゃんとの婚約を断わったのが尾を引いちまって焦ってたんだろうな」
「『碓井』から見れば、止めとばかりにほのかさんを攫われた訳ですからね。まあ、それでも上手くいかない原因を貴方に押し付けたのは、褒められはしませんが」
と、『渡辺』『坂田』『卜部』の当主が言っていたので大丈夫だろう。
その後その三家も帰ったのだが、俺も幸も気に入ってもらえたようだった。
剛志さんとはより親しくなったし、他の三人とも良好な関係を築けたと思う。
そして夕方に近づくと巴さんが
「それじゃ今日は私達で夕食を作りましょう。ほのか、遥、準備なさい。さっちゃんにも手伝って欲しいんだけど、いい?」
という事で、手料理を振舞ってもらえる事となった。
いつもは大体使用人さんが作るし、今は正月なので本来であればお節を食べるのだそうだが、巴さんの事だから何かしらの意図があるのだろう。
ちなみに『水本家』では、男子が厨房に立つという事は無いそうだ。
古臭い価値観だと捉える人間もいるだろうが、そもそも使用人が複数いるのだからその必要が全く無いからな。
本来は女性陣ですら立つ必要もないのだが、巴さんいわく
『男性の心を掴むには料理は必須。学んで損はないのだから腕を磨いておきなさい』
との事らしい。
そして夕食の時間となったのだが、出されたメニューが鰤の塩焼き、紅白なます、厚焼き玉子に味噌汁、そして肉じゃがであった。
味の方は巴さん、ほのかさんがいる時点で不味いはずがない。
一通り手を付けて、幸に聞いてみた。
「美味しいな。幸もお手伝いしたのか?」
「うん。幸ね、紅白なますをぎゅ~ってして、味付けもしたんだよ!」
「さっちゃん上手だったわよ。ちなみに私が鰤の塩焼きと味噌汁、遥が厚焼き玉子、ほのかが肉じゃがを作ったわ」
巴さんとほのかさんの腕前は知っているので味は語るまでも無いが、遥ちゃんが作った厚焼き玉子も美味い。
この様子だと巴さんにしっかりと仕込まれているのだろう。
その本人はといえば
「さっちゃん、私が作った卵焼きどうですか?」
「美味しいよ、はるかお姉ちゃん。お姉ちゃんもお料理上手なんだね」
「ありがとうございます。さっちゃんの作った紅白なますも美味しいですよ」
と、幸に褒められにこにこ顔だ。
「ねえ、さっちゃんはどの料理が一番好き?」
巴さんにそう尋ねられた幸は
「う~ん、どれも美味しいけどやっぱり肉じゃがが一番好き!」
と答えていた。
「そう。それはほのかが作ったから?」
「それもあるけど、ママが作った肉じゃがと同じ味だから」
そう答えた幸を愛おしそうに眺め
「……そっか。ねえ、さっちゃん。この肉じゃがはさっちゃんのママ、綾音さんに教えてもらったものなのよ」
巴さんはそう言った。
詳しく聞いてみると、頼彦さんと巴さんはその日の事を話してくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……そうか。決心は揺るがぬのだな、正彦」
「はい。あれではどう頑張っても『
「まあ、正彦くんがほのかとの婚約を断わって随分怒ってたものね。そんな時に彼女を連れて来られたら、目の敵にされるわよね」
「……ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。……ねえ、やっぱり縁を切るだなんて駄目よ。あなた、実家だけでなくこちらともお付き合いを控えるつもりでしょ」
「……仕方ないよ。腐っても『碓井』は『水本家』の親族だ。そこに縁を切った僕がうろちょろしてたら『水本家』にも迷惑がかかるからね」
「あ~もう!ご両親達に反対されるのは覚悟してたけど、まさかその場で絶縁するとは思わなかったわよ、もう!」
ジト目で正彦くんを睨んでいるのが、正彦くんの婚約者の橘綾音さんだ。
正彦くんから『会わせたい人がいる』と連絡を受けて、連れてきたのが彼女だ。
スラッっとしたモデル体型の美人さんで、正彦くんの高校時代の同級生だそうだ。
正彦くんいわく
「僕よりよっぽど優秀な人格者ですよ。彼女と出会えたから今の僕があるんです」
との事だが、正彦くんは近年では最高レベルの天才なのよね。
それより優秀ってどれだけ凄いのよ、この娘。
「話半分に聞いてくださいね。私、結局高校卒業後は進学しませんでしたから」
「それは公平くんを養う為だろう。そうでなければ何処の大学にだって行けただろうに」
何でも彼女が高校二年の時に父親が亡くなり、それ以降年の離れた弟の親代わりとなってバイトしながら高校に通っていたらしい。
それなのに正彦くんとは常に成績でトップ争い、それ以前では一度も勝った事がないというのだから本当に頭が良いのだろう。
「うちの会社だって綾音にどれほど助けられてきたか。最初高卒だからって馬鹿にしてた社員が、今では尊敬の眼差しを送るくらいですからね」
「大袈裟ね。私がしてるのは各人の能力に合わせて仕事振ってるだけよ。それをこなしてるのは本人達なんだから、私が尊敬されるいわれは無いわよ」
「それが過不足無く振り分けられてるし、急な代役だって完璧にこなすからだろう。きっちり定時に帰れるって涙流してたぞ」
「……それに関しては、あなたを問い詰めたいわ。残業前提で仕事組むんじゃないわよ」
……うん。こうして見る限りどちらかに寄りかかるのでは無い、お互いに支えあってる本当の意味での『パートナー』だ。
正彦くんは心底惚れているのは間違いないだろうが、綾音さんの方はどうだろう?
「綾音さん、一つ確認させてね。貴女は正彦くんが『碓井家』の人間で無くなる事が不安じゃないの?それでも正彦くんと共に歩みたいって思えるの?」
随分と失礼だし意地悪な質問だと思う。
でも『碓井家』の人間目当てな人間なんて山ほどいる。
正彦くんがそこを見極められないとは思えないが、念の為だ。
だが、私のそんな質問に綾音さんは
「……正直に言うと、彼が『碓井家』の人間でなくなる事はどうでもいいです。私が好きなのは『碓井正彦』という男性であって『碓井家の三男』じゃありませんから。ただ、私が原因で『家族』と縁を切って欲しくなかったですね。私には『家族』と呼べるのは弟しかいませんから、彼にはもっと『家族』を大事にしてほしかったです」
ちょっとだけ不満げにそう答えた。
そして
「それと彼と共に歩む事に迷いはありません。私みたいな人間をここまで一途に思う人なんてきっと彼以外には現れないだろうし、私も彼以外の人と一緒になるつもりもありませんから」
少しだけ頬を染めて誇らしげにそう言った。
……うん、大丈夫だ。彼女はちゃんと正彦くんの事を思っている。
「正彦くんは?『碓井』や私達と縁を切る事を後悔しない?」
「実家に関してはありませんが、お館様方や他の方々と疎遠になるのは辛いですね。ですが、僕には綾音と別れる以上の後悔はありませんから」
寂しげに笑いながら、それでももっと大事なものがあるだと覚悟を決めている。
二人の決意を確信できて、私は二人と会えなくなる事を寂しく思いながらもどこか安心したのだった。
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