第46話 正式決定

 その言葉をを聞いた俺は、二人の元に駆け寄って


「……あんた達が『碓井』か?葬式に遅刻した上、人の姪に向かってなんて事言っててるんだ?」


 怒りを込めてそう言ったのだが


「何だ貴様は?……ああ、そうか。お前があの女の弟か。ふっ、姉弟揃って貧乏臭い面構えだな」


「仕方ないだろう、兄貴。上手い事言って正彦を誑かした女の弟だ。貧乏神や疫病神に愛されてるんだよ」


「……お前等、いい加減にしろよ。故人を悼む気持ちがないなら、ここに来るんじゃねえよ!」


 反省する様子など全くない。

 ……畜生。正彦さんからは縁を切ったって言われてたけど、それでも元身内だから連絡したっていうのに、大間違いだったな。


「いや、本当なら私達も来たくはなかったのだがな。だが、母から『どうしても』とせがまれてしまったのでな」


「ああ、それに丁度良かった。なあ、正彦の骨はどっちだ?持って帰るから渡せよ」


「……何言ってるんだ、あんた達。正彦さんの骨を持って帰るってどういう事だ?」


 いきなりとんでもない事を言い出したので、真意を確認したら


「何、我儘を言って家を飛び出した弟だが、母から見ればそれでも息子だ。せめて骨くらいは『碓井家』の墓に入れてやって欲しいと頼まれたのだ」


「まあ正彦の奴も、あの女に騙された被害者のようなものだ。愚かな選択をしたとはいえ、死んだ後まであの女と一緒ではあまりに可哀想だからな」


 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。


 ……お前達が、綾姉の、正彦さんの何を分かっているというんだ?

 あの二人がどれだけお互いの事を想っていたのか、プロポーズした時の正彦さんの真剣な眼差しを、それを受けて流した綾姉の涙を、そして幸が産まれた時のあの喜びに満ちた顔を知りもしないで、二人の事を語るんじゃねえよッ!!!


 俺はおもむろに兄の方に近づき


「……とっとと消えろ。二度と俺達の前に顔を出すんじゃねえ。正彦さんはもう『橘家』の人間だ。お前等に渡すものなんて欠片もねえよッ!」


 と、胸ぐら掴んで言ってやった。


 弟の方が俺の手を払い、兄の方は心底軽蔑するように


「チッ、姉が姉なら弟も弟だな。この野蛮人が。……もういい、帰るぞ賢二」


「いいのかよ、兄貴?正彦の骨はどうするんだよ?」


「そいつに邪魔をされたと言えばいいだろう。それにそいつ等と関わっていた正彦の骨だぞ。『碓井』の墓に入れれば穢れてしまうわ」


 そう言い残し、兄弟は立ち去っていった。




      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……これがあの時あった出来事です。細かい部分は間違ってるかも知れませんが、大体合ってるはずです」


「ち、違うッ!捏造だ!私はこのような事は言っていないッ!」


「公平の話に嘘は無い。『渡辺』が調べた内容とも一致してるからな。これのせいで幸ちゃんはより一層傷ついて、公平が追い込まれたからほのか嬢に様子を見に行ってもらったんだよ」


 優一は俺の嘘って事にしたかったみたいだが、剛志さんがそれを否定する。

 そしてそれを聞いた各人の反応だが


「この話を剛志から聞いた時には、私の知る『碓井』はもういないのだと感じたよ。我々と肩を並べ、共に切磋琢磨したあの『碓井』は何処にいったんだ?」


 真玄さんは残念がるような視線を『碓井家』に向け


「十三!お前、子供にどんな教育しとるんじゃ!礼儀の一つも身につけさせておらんのかッ!」


 時次郎さんはそう怒鳴りつけ


「……信じられません。気位が高い、などという話ではありませんよ。『碓井家』で普段どのように振舞っているかは知りませんが、時と場所を考えなさい」


 武敏さんは心底呆れたようにそう呟いた。


 そして『水本家』の方々だが


「……義兄さまから軽く聞いてはいましたが、ここまで酷かったのですね。ご家族を亡くされた方の前で、幼い子供の前で、よくこのような事を口にできましたね!」


 遥ちゃんは、我が事のように目に涙を溜めて優一を睨みつけ


「……なるほどね。義兄さんが口を濁すのも当然だ。こんな事、さっちゃんに思い出させたいはずがないもんね。……義兄さん、さっちゃん、ごめんなさい。うちの関係者がとんでもないご迷惑をおかけしました」


 光輝くんは、俺達に頭を下げて謝罪し


「……そっか。ねえ優一、一体どんな気持ち?もし貴方達がこんな事をしなければ、あのの心を傷つけなければ、公平さんが追い込まれる事は無かったかもしれない。そうすれば剛志くんが、ほのかに様子を見に行くようお願いしなかったはず。ねえ、貴方が二人を結びつけたのよ。今どんな気持ち、ねえ?」


 巴さんは、笑顔だけど目だけは笑っておらず優一を問い詰め


「十三よ。一体何時から『碓井』は『誇り』と『傲慢』を履き違えるようになった?今の我々があるのは先人達のお陰だ。その伝統を、歴史を誇るのは間違っておらん。だからこそ我等は常に問い続けねばならぬのだ。先人に恥じぬ自分であるか。子孫に恥じぬ自分であるか。……今の『碓井』に恥じぬところは無いと言い切れるか?」


 頼彦さんは、心の奥底を覗き込むような目で十三を見た。

 そしてほのかさんは


「……私は、公平くんがさっちゃんを思い流した涙を見ています。さっちゃんが悲しみのあまり、心を閉ざした姿を目にしています。そして二人がどれほどお互いを大事に思っているかを知っています。……だからこそ、私はこの二人の『家族』になりたいんです。私が好きになった、この二人の『家族』に」


 慈愛に満ちた目で俺と幸を見てそう言った。


「……俺もです。俺もほのかさんと一緒に三人で『家族』になりたいです」


「幸もだよ。こうちゃんとほのちゃんと一緒にいたいもん。ず~っと一緒にいたいんだもん!」


 俺と幸がそう答えると、さっきまでの殺伐とした空気から一転、温かい雰囲気となった。


 その後は『碓井』以外から俺と幸が質問され、それに答えていった。

 上四家の他にも馬場さん達下七家からも質問されたのは、彼女らが各家の当主から俺を判断する権限を委ねられているからだそうだ。

 その中で時次郎さんから


「人格的に問題がないのは分かるが、能力的にはどうなんだ?ほのかちゃんに不自由させるようじゃちと困るぜ」


 という質問があったが、剛志さんが


「問題ないっす。最低でも俺レベルにはなる我が社期待の逸材っすから」


 と答えていた。

 そういう部分でも剛志さんは信頼を置かれているらしく、これで俺は大きな問題はないと判断された。


 その後、時折笑い声も交えながら終始穏やかに進んだその質問も終わり、代表して巴さんが締めに入る。


「それでは、ほのかと公平さんの婚約について賛否を問います。賛成するのであれば挙手を。反対だという人間はその理由を言いなさい」


 そして『坂田』も『卜部』も『渡辺』も挙手し、下七家も全員挙手した。

 唯一『碓井』のみが悩んでいたが、観念したのか最後には挙手し満場一致で俺達の婚約が認められたのだった。

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