第9話 初めての駄菓子
それは後日、ほのかさんを伴いこの駄菓子屋に来た時の事だった。
「……あの、すいません。疑うわけでは無いのですが、これって本当に食べられるんですか?」
と、ほのかさんはやや困惑した様子で俺に小声で確認してきた。
流石に幸が目を輝かせて
「あれにしようかな。う~ん、でもこっちもいいし……」
手持ちの三百円の使い道を懸命に考えている前で、その発言はどうかと思ったのだろう。
まあ、駄菓子の中にはやたらとケミカルな色をしたものもあるからな。
「大体のものは普通に美味しいですよ。ほのかさん食べた事ないんですか?」
「……恥ずかしながら、これまで一度も」
う~ん、まあ興味がなければ知らないか。
それだったら試しに食べてもらうのがいいだろうな。
「それじゃ定番のものでも食べてみますか?奢りますよ」
「い、いえ!そんな、悪いですからッ!」
「大丈夫、見ての通り安いですから。幸に条件合わせて三百円までにしますね」
そういうと俺は幸に混じってお菓子を選び始めたのだった。
「まあ最初はこんなものでしょ。定番中の定番ですけどはずれはないと思いますよ」
俺は昔ながらの駄菓子を中心に、スナック系は少なめ甘味寄りを多目に選んだ。
ほのかさんの性格なら味の濃いスナック系よりも、飽きのこない素朴なものの方が好みだろうし受け入れやすいだろうという判断だ。
「家に帰ったら食べてみて下さい。もし口に合わなかったら俺が食べますから、会社に持ってきて下さいね」
「あ~、こうちゃんずるい!ほのちゃんにばっかりッ!!」
「いや、どこがずるいんだよ?」
「幸にもおかしプレゼントしてよ!」
「……じゃあ来週からは、お前に三百円渡さずに俺がお菓子選んでいいのか?」
「それはやだッ!幸がえらびたいからお金だけちょうだい!」
「お前さ、それって今と何が違うんだよ?」
俺の言葉に幸が『……あれ?でも……う~んと』と悩み始めた。
……全く、精々悩んでろ四歳児め。
その後、他の買い物も済ませ帰宅したのだった。
家に帰って夕食を済ませたら、お待ちかねの幸のおやつタイムだ。
「えへへ~、今日はこれ!のこりは明日にとっておいて……」
「ねえ、さっちゃん。さっちゃんはどんなのを買ったんですか?」
「えっとね、幸はこれだよ!」
幸が袋から出したのは、主に十円から三十円のものだ。
定番のスナック菓子からチョコレート、ラムネ、ガムもある。
「今日はこれとこれだよ」
その中で幸が選んだのは、あの十円で買えるスナック菓子(コーンポタージュ味)と、これまた有名な黒い稲妻のチョコ菓子だ。
うむ、正に王道。お財布にも優しい子供の味方である。
「ああ、これはコンビににも売ってますね。食べた事ありませんけど」
「ええ~、ほのちゃん食べたことないの?美味しいのに~」
「さっちゃんがそういうなら今度食べてみますね」
「うん!それでほのちゃんはどんなおかしプレゼントしてもらったの?」
「え~と、私はこれですね。どれも食べた事はないんですが……さっちゃん?」
ほのかさんが袋から出したものを見て、幸が動きを止める。
その視線の先にあるのは幸の大好物、しかし同時に高嶺の花でもあった。
「……ボンタンアメだ~。いいないいな、ほのちゃんいいな~」
「さっちゃん、このお菓子好きなんですか?」
「うん!……でもそれ高いんだよ~。八十円もするし」
確かに八個入り八十円では幸には手は出しづらいだろう。
幸のおやつに使えるお金は、一日平均四十二から四十三円だ。
二日分をそれだけに費やすのは、幸としても難しい選択ではある。
だから幸は一週間に使うお金を二百八十円にして、貯めたお金で一月に一度の贅沢としてボンタンアメを買うのだ。
「……だったらさっちゃん、このお菓子少し分けましょうか?」
「いいの?わ~い、やったぁ!!」
喜ぶ幸だが、残念ながらそれはNGだ。
「幸、ただで分けてもらうのは駄目だ。欲しかったら同じ値段のお菓子と交換しろ」
「……公平くん、それはちょっと厳しくないですか?」
「いくらほのかさんでも駄目です。幸も自分が自由にしていいお金でやりくりしてるんです。欲しかったら交換してもいいけど、対価を払わないのは駄目ですよ」
「わかったよ、こうちゃん。……それじゃ、これで四つこうかんしてください」
幸は少し悩んで、丸いガムが四個入った箱ガムとイチゴミルク味の麦チョコを差し出した。
ガムが十円、麦チョコが三十円だから交換レートは釣り合ってる。
「……はい。それじゃ交換ですね」
ほのかさんがお菓子を受け取り、幸が持ってた空箱にボンタンアメを移しトレードは成立した。
幸としても苦渋の決断であったろうが、いつも購入しているその二点なら多少でもダメージは少ないとの判断だろう。
まあボリュームやお得感を考えたら、ボンタンアメより買いたいものもあるだろうからな。
だがそれでも
「う~ん!美味しいよ~!」
幸は交換したボンタンアメを口にして幸せそうな顔をしている。
幸がこれを好きになったきっかけは、綾姉の好物だったからだ。
俺と同じく綾姉が食べていたのを分けてもらって、それを気に入ったそうだ。
俺の家は裕福とはいえなかったから、駄菓子でさえそれなりに贅沢品だったしな。
その後ほのかさんも
「……美味しいです。凄い企業努力ですね、あの値段でこの味とは……」
と駄菓子を口にして感心していた。
そして翌週会社で起こった事なのだが
「へ~、懐かしいな。子供の頃食べた以来だよ」
「こんなのもあるんですね。私初めて見ましたよ」
外回りから帰ってみると、なにやら職場が騒がしかった。
何かと思い近付いてみると
「おう、橘。帰ったのか」
「はい。それでどうしたんですか。皆で集まって」
「ああ、和泉が差し入れだって駄菓子持ってきてな。懐かしい珍しいって話してたんだよ」
机の上を見ると、そこには大量の駄菓子。
明らかに俺がほのかさんに奢った量ではない。
……これはほのかさん、やらかしたな。
ほのかさんの方を見ると、気まずそうに目を逸らした。
その後、休憩時間に問い詰めると
「……だってたくさん買えるんですよ。あれもこれもって選んでいたら結構な量にはなったんですけど、そんなに高くなかったし……」
と、翌日の日曜日に駄菓子屋で大人買いした事を白状した。
気持ちは分からなくもないですが、それは駄目ですよほのかさん。
ちなみにその後もちょくちょく駄菓子屋に来ていると、婆ちゃんが言っていた。
一応お菓子なので、食べ過ぎとカロリーには気をつけてくださいね。
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