第8話 駄菓子屋とばあちゃん

「ごちそうさまでした、ほのかさん。今日も美味しかったです」


「ごちそーさまでした。ほのちゃんのちゃーはん、美味しかったよ!」


「お粗末様でした。本音を言えばもう少し野菜を取りたかったんですが、材料が無かったですね」


 冷たいお茶を飲みながら、食後の一時を堪能する。

 

「ねえ、こうちゃん。きょうもおばあちゃんのところ行くよね?」


「ああ。幸、楽しみにしてたもんな」


「やったー!なににしようかな?あれもいいしこれもいいし……」


「ふふっ、さっちゃん嬉しそうですね」


「……ほのかさんもでしょ。初めて行った時の事忘れてませんからね」


「し、仕方ないじゃないですか!ああいう所には生まれて初めて行ったんですから」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるほのかさんが可愛い。


「それじゃ、後片付けしたら買い物に行こうか?」


 俺の言葉に二人は頷くのであった




 買い物へと向かうのは地元の商店街だ。

 駅からはやや外れた場所にあり、うちからは徒歩十五分ほどだ。

 駅前にはスーパーなども存在しているが、ほのかさんいわく


『スーパーの方が安いですけど、質は商店街こっちの方が高いです。おまけもしてくれますし、なるべくこっちでお買い物した方が良いと思います』


 との事で、我が家の買い物は基本的に商店街だ。


 そして最初に向かうのが、そんな商店街の一角にある古ぼけたお店。

 昭和レトロ感漂う昔ながらの駄菓子屋だ。

 店に入ると、奥に座っていたお婆さんが声をかける。


「いらっしゃい。……ああ、さっちゃんかい?今日も来てくれたんだねぇ」


「うん!幸、おばあちゃんのおかし大好きだから!!」


「……うれしいねぇ。さあ、好きなのを選んでおくれよ」


 お婆さんにそう言われた幸は、俺の方を見る。

 俺は財布から三百円取り出して幸に渡す。


「よ~く考えて買うんだぞ。余ったら来週分に回せるからな」


「うん!行ってくるね!」


 目を輝かせながらお菓子を選ぶ幸。

 ……そして隣では、もじもじしながらこちらに視線を向けてくるほのかさん。


「……ほのかさんもどうぞ。けど幸の手前、大人買いは止めてくださいね?」


「わ、分かってます!あの後、我に返ってからちょっと後悔したんですから」




 ……あれは以前、幸と二人で買い物に来た時の事だった。

 商店街を歩いていると、幸が


「ねえ、こうちゃん。行きたいところがあるんだけどダメかな?」


 しおらしげに言うので許可を出すと、連れて行かれたのがこの駄菓子屋だった。

 なんでこんな店を知っているのか聞いてみたところ


「……前にね、ママといっしょに来たことがあるの」


 綾姉が生前、幸を買い物に連れてきた時


『パパには内緒ね?』


 と二人で秘密の買い物をしていたらしい。

 そして俺と幸が店内に入ると、店主であろうお婆さんが


「いらっしゃい。……ん、アンタさっちゃんかい?……ああ、よく来てくれたねぇ」


「こんにちわ、おばあちゃん。おかし見てもいいですか?」


「ああ、好きなだけ見ておいで。……ん、あんたはさっちゃんの……」


 会釈をして、お互い自己紹介を始めたのだった。



「……そうかい。綾ちゃんの弟さんかい。綾ちゃんがよく言っとったよ。『自慢の弟がいる』んだってねぇ」


「……俺からしたら綾姉の方がずっと『自慢の姉』でしたけどね」


「本当にねぇ。……何であんな良い子が幼い娘を残して逝かなきゃならんかったんかねぇ。神様も残酷な事をなさるよ」


 お婆さんは綾姉や幸とも仲良くしていたらしく、目に涙を溜めながら綾姉の思い出を話してくれた。

 葬式は家族葬なので来れなかったが、幸がどうなったのか心配していたそうだ。

 噂で俺の事を聞いていたらしく、どんな人間だろうと想像していたが


「……うん。綾ちゃんによく似とるよ。あんたが傍にいるならさっちゃんも安心だねぇ」


 と言って貰えた。

 ……ああ、何となく分かった。綾姉がこの店に来ていた理由が。


 俺達姉弟は祖父母に当たる人とは会った事はない。

 父さんの方は俺達が生まれる前に亡くなっていたそうだし、母さんの方はどうでも碌な親じゃなかったらしく、二人が駆け落ち同然で家を出た後亡くなったらしい。

 だから俺も綾姉も祖父、祖母という存在とは縁遠かった。

 唯一可能性があった碓井家は、祖父母に至っては綾姉と会いもしなかったしな。


 ここのお婆さんは、もし自分達に祖父母がいたならこんな人がいいと、俺達が幼い頃話してた理想のお婆さんにとても近い。

 穏やかで、優しくて、温かくて。

 もし自分が幼い子供だったら、駆け寄れば頭を撫でてくれたんだろうと思う。

 

 それから週に一度はこの駄菓子屋に寄るようになった。

 幸もこのお婆さんに懐いていたし、俺も幸を、というかこのお店に来る全ての子供を孫のように可愛がるお婆さんが気に入っていたからだ。


 そして俺はこのお店について、幸と一つルールを決めていた。

 それが


『このお店で俺は幸に三百円渡す。幸はそれで一週間分のおやつを買う。何を買ってもいいがお金が足りないからといって追加はなしだ。分かったか?』


『うん、わかった!』


『いい返事だ。もしお金を使い切れなかったら、その分は次回に持ち越してもいい。幸が今週おやつを我慢したら、来週は六百円分おやつを買っていい訳だな』


 という、通称『三百円ルール』だ。

 幸いここのお菓子は安いものが多く、平日の夕飯後と休日しかおやつを食べない幸にとっては、三百円でも十分な量が買える。

 そしてお金の使い方、及び計算の勉強にもなるので一石二鳥だ。

 最初の時なんて高いお菓子を買ってしまい、途中からおやつなしが続いてしまい涙目になってたからな。


 そしてある意味、幸以上にこのお店にはまってしまったのがほのかさんだった。

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