第7話 家庭の炒飯

 そんな訳で現在十一時半、ほのかさんがやって来るのを待っている。


 うちの会社は完全週休二日制で基本的に残業なしというホワイト企業なので、週末は比較的余裕がある。

 ほのかさんにもプライベートな時間は必要だろうから、日曜日だけはうちに来ないようお願いしたのだが、幸はともかくほのかさんまで不満顔なのはどう捉えればよいのか判断に困る。


 その代わりと言っては何だが、土曜日にはカレーを大量に作って帰るのが定番となってしまった。

 まあカレーという嫌いな奴を探す方が難しい程の大正義、幸はおろか俺でも嬉しいのだから文句など出ようはずもない。


 すると来客を知らせるチャイムの音がした。

 まず間違いなくほのかさんだろう。

 ソファーから立ち上がり玄関に向かうと、後ろから幸がついてきた。

 買い物もそうだが、ほのかさんに会うのが楽しみなのだろう。


 玄関のドアを開けると、そこには予想通りほのかさんがいた。


「こんにちわ。今日もよろしくお願いしますね、ほのかさん」


「こちらこそです、公平くん。さっちゃんも変わりないですか?」


「うん!幸はげんきいっぱいだよ!」


 ……幸の奴、このままほのかさんにダイブしかねないくらいテンション高いな。


「それじゃ上がって下さい。少し休んでから買い物に行きますか?」


「それなんですけど、二人ともお昼ごはんは済ませちゃいましたか?」


「ううん、まだだよ。ほのちゃんがきたらどこかで食べようかって話してたの」


 それを聞いてほのかさんは少し考えて


「だったら私が簡単な物作りますから、食べてからお買い物行きませんか?今の時間だとお店も混んでるでしょうし」


 と提案してきた。

 まあ確かにその通りなのだが、せっかくの休日にほのかさんに余計な仕事をさせてよいものだろうか?


「う~ん、手間じゃないですかほのかさん?それにおかずになるようなものが冷蔵庫になかったような……」


「作るのは全然手間じゃないですよ。料理だって冷蔵庫の中身を確認して作るものを決めますから。もちろんさっちゃんと公平くんが外食の方がいいって言うなら、無理にとは言いませんけど」


「……幸、ほのちゃんのごはんのほうがいいな。ねえ、こうちゃんダメ?」


 俺のズボンを握り上目遣いでこちらを見る幸。

 ……はぁ、この状況に持ち込まれて俺に勝ち目がある訳ないだろ。


「とりあえず上がって下さい。冷蔵庫みて無理そうなら外食しましょう」





「う~ん、ご飯は冷凍のがあるし、卵もちくわもありますね。うん、いけそうです」


 俺には微妙な食材しかないように見えた冷蔵庫だが、ほのかさんは料理のビジョンが見えたようだ。


「炒飯にしましょう。さっちゃんはねぎ苦手じゃなかったですよね?」


「……うん。幸ねぎ食べられるもん」


 強がりが見られた幸なので、ほのかさんとアイコンタクトで『ねぎは少な目で』『了解です』というやりとりをしておいた。


「それじゃ始めましょう。さっちゃんも公平くんもお手伝いして下さいね」


「了解です、ほのかさん」


「は~い、まかせてほのちゃん」



 幸は三人前のご飯を電子レンジで解凍する。

 俺はボウルに卵を割ってかき混ぜておいた。

 その間にほのかさんは手早くねぎをみじん切りに、ちくわを縦に四分の一に切って細かく刻んでゆく。


「さっちゃんと公平くんはご飯を少し冷ましたら、卵と混ぜちゃって下さい」


 ほのかさんはそういうと、フライパンにごま油を入れてじゃこをカリカリに炒めてゆく。

 じゃこを皿に取り出したら、ちくわも炒めてじゃこと一緒にしておく。

 最後にねぎを炒めたら


「ご飯を下さい」


 卵を絡めたご飯を投入して、パラパラになる様に強火で炒める。

 その後じゃことちくわを加え、塩こしょう、中華スープの素で味を調え醤油で風味を付ければ炒飯の完成だ。


 一度お椀に入れてから皿に盛ると、中華料理屋で出てくるような炒飯になった。

 そしてほのかさんは、別のコンロで沸かしていた鍋で手早く卵の中華スープを完成させていた。


「はい、これで完成です。冷めないうちに食べちゃいましょう」


 各人の前に並べられた香ばしい醤油風味香る炒飯に、フワフワ卵の中華スープ。

 ほのかさんお手製のこれらが不味いはずがない。


「「「いただきます」」」


 炒飯をレンゲに乗せて口に運ぶ。

 カリカリとした食感の香ばしいじゃこ。噛むたびに旨み溢れるちくわ。ねぎの風味が鼻を抜けて、卵にコーティングされた米はパラパラになっている。


 続いて中華スープに手を伸ばす。

 玉ねぎ、人参などを千切りにして茹で、生姜で風味付け。

 中華スープの素と塩こしょう、酒、醤油などで味を調整し、箸を伝わらせるようにして卵をフワフワにしてごま油を数滴垂らしてねぎを散らす。


 ほのかさんいわく


『味は殆ど中華スープの素で決まりますから。私がしてるのは微調整だけですよ』


 との事だが、あっという間に作ってた割りにこれまた凄く美味い。


 ……中華料理屋の炒飯とは別物だが、こういう『家庭の炒飯』ってやっぱり美味いよな。

 特にちくわって何でこんなに美味いんだろうな。下手に叉焼とか入れるよりこっちの方が俺は断然好みだ。

 テーブルの向かいを見ると


「美味しい!美味しいよ、ほのちゃんッ!!」


「ありがとうございます。でも、ご飯は逃げませんからもっとゆっくり食べましょうね」


 炒飯にスープにとがっつく幸と、それを嗜めるほのかさんの姿があるのだった。

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