第10話 保育参加
ほのかさんがうちに来るようになってから、二ヶ月が過ぎた。
そんなある日
「ただいま帰りました、ほのかさん」
「はい、お帰りなさい公平くん。さっちゃんもお帰りなさい」
「……うん、ただいま、ほのちゃん」
普段なら勢い良くほのかさんに飛びつくところだが、今日の幸は少々元気がない。
「どうしたんですか、さっちゃん?体の調子でも悪いんですか?」
ほのかさんが心配するが
「……ううん、なんでもないよ。幸、うがい手洗いしてくるね」
明らかな作り笑いを浮かべて洗面所に行ってしまった。
「……公平くん、何があったんですか?」
「……幸が寝た後で話します。それまでは普段通りにしててください」
そして食事が終わり、最近の定番となっている幸とほのかさんの入浴が済んで、俺が湯船に浸かっている。
幸が元気がない理由は明白だ。
だが、正直俺が打てる手がない。
(流石にどうしようもないよな~。こればっかりは先に決まってた事だし)
せっかく風呂に入っているというのに、俺の心が晴れる事はなかった。
風呂から上がると、まだ幸とほのかさんが話をしていた。
「そうですか。保育園ではお友達と遊んでいるんですね」
「うん。かなちゃんに、ゆいちゃんに、かけるくんもいるよ」
「お友達が多いのは良い事ですね。……さっちゃん、そろそろ眠いですか?」
「……うん。そうかも」
「それじゃ今日はもうお休みしましょう。はい、お部屋に行きましょうね」
すれ違う時におやすみと挨拶をして、幸とほのかさんは部屋に向かう。
ここで下手に俺が一緒だと、幸が寝付かないのは経験済みだからな。
おとなしくお茶でも入れてほのかさんを待つとしよう。
「お待たせしました。さっちゃん、今日は最後まで元気がありませんでしたね」
「それなんですけど、多分これが原因です」
そう言って俺は、ほのかさんに一枚の紙を差し出した。
「これって……保育参加、ですか?」
保育参加とは、要するに保育士の仕事を体験するというものだ。
保育士の先生と一緒に子供達と遊んだり、給食を食べたりするイベントだ。
「はい。おおよそ二週間先なんですけど、その日というのが……」
「……あ~、丁度公平くんの研修日なんですね。しかもこの日しかないって、随分とタイミングが悪いですね」
「幸の奴、随分と楽しみにしてたみたいです、俺が行けないって知ったら落ち込んじゃいまして。でも、流石にその研修は休めないですからね」
これが他の日だったら有給を使ってでも行っていた。
うちの会社はよほどの理由でも無い限り有給取れないって事はないし、むしろ積極的な有給の消化を勧めてるからな。
だがそんなうちの会社でも、外せない仕事というのは存在するのだ。
「もちろん保育参加は強制じゃないので休んだからどうこう言われませんが、子供達にとってはかなり楽しみにしてるイベントみたいです」
「それであんなに落ち込んでたんですね。……ねえ公平くん、一つ提案があるんですが聞いてもらえますか?」
それから二週間後
「それじゃ今日もお願いします。……幸、ごめんな。今日は保育参加できないけど、次の機会には参加するようにするからな」
「うん、だいじょうぶだよ。こうちゃんもお仕事頑張ってね」
幸を保育園に送り届けて、保育士の茜先生に任せる。
流石に時間も経って幸も落ち込んだ様子は見せないが、それでも少し寂しそうだ。
……おっといけない。ここでモタモタしていたら研修に遅れてしまう。
後の事はもう任せるしかないんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……しかたないよね。こうちゃんお仕事だもん)
幸はほいくしつに向かって歩いてゆく。
本当なら今日はこうちゃんがほいくさんかで先生をするはずだった。
いつもとちがう先生が来るので、どの先生もみんなに大人気なのだ。
(……みんなにこうちゃん紹介したかったな。こうちゃんがいたらきっと楽しかっただろうな)
かなちゃんやゆいちゃん、かけるくんといっしょにこうちゃんと遊びたかったんだけど、お仕事じゃしかたないもんね。
ほいくしつでみんなとお話ししていると
「今日はほいくさんかだから、違う先生がくるから楽しみね」
「えへへ~、どんなせんせいだろうね~」
「男の先生がいいな。そうしたらしょうぶするんだ!!」
かなちゃんもゆいちゃんもかけるくんも、こうちゃんが来るのを楽しみにしてる。
でもこうちゃんが来れないことを知っている幸は、みんなに悪い事をしているような気持ちになった。
そうしているとよれいが鳴って、あかね先生がほいくしつに入ってきた。
「みんなおはよう。今日は皆と一緒に遊んでくれる先生が来てくれています。みんな元気にご挨拶してね」
そういうと、ろうかから女の人が入ってきた。
その人を見たらみんながおおさわぎしはじめた。
「うわ~、すっごいきれいな人だね」
「見たことないけど、だれのおかあさんだろうね~?」
「うわっ、うわっ!おっぱいでっけえ!」
「はい!みんな騒がないの!これから先生に自己紹介してもらうから静かにしてね」
あかね先生がそういうとみんな静かになった。
そして
「初めまして。私は水本ほのかといいます。今日はよろしくお願いしますね」
ほのちゃんはみんなに笑顔でそういったのだった。
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