第18話 流れる涙と公平のお願い

 ボロボロと両目から大粒の涙を零す幸ちゃん。

 いきなりの事に戸惑っていた私と違い、公平くんは幸ちゃんに優しく話しかけた。


「……幸、やっと泣いてくれたな。最後に泣いたのが二人の葬式の時だったもんな。なあ幸、泣いていいんだぞ?悲しいのも、辛いのも、当たり前なんだ。我慢しなくていい。隠さなくていい。全部俺が受け止めるから」


「……こう、ちゃん……」


「だから、泣き止んだらまた笑顔を見せてくれ。俺の為じゃなく、綾姉と正彦さんが幸の事心配しないように。……時間がかかってもいい。二人のように上手く出来ないかもしれないけど、幸が大人になるまで、いつか幸に大切な人ができるまで俺が幸の事を守るから。二人の代わりに、俺が傍にいるから」


「……こう、ちゃん。こうちゃん、こうちゃん、こうちゃんッ!!」


 幸ちゃんは公平くんにしがみついて号泣している。

 きっと幸ちゃんの時間は、お葬式の日からずっと止まっていたのだろう。

 その小さな身体に抱え込んだ、大きすぎる悲しみに心を傷つけられて。

 だからこれ以上傷つかないようにと心を閉ざしてしまった。


 それがあの肉じゃがをきっかけに、感情が揺れ動いた。

 『思い出の味』で、『ママの肉じゃが』で幸せな時間を思い出した。

 それが涙となって溢れたのだろう。


 ……多分もう大丈夫だ。幸ちゃんの時間は再び動き始めた。

 まだ辛く悲しいだろうが、幸ちゃんには公平くんがいる。

 幸ちゃんを抱きしめて、涙を流してる公平くんが傍にいる。

 同じ悲しみを抱えた二人なら、きっと支えあいながら生きていけると信じている。

 そんな二人の姿を見た私には、それが確信できたのだった。



 二人が泣き止んだのは、それからしばらくしてからだった。


「すいません、ほのかさん。食事中だったのに……」


「ごめんなさい、ほのかお姉ちゃん」


「いいんですよ。それより晩ごはん済ませちゃいましょう」


 赤く目を腫らした二人が頭を下げるが、そんな事が気にならないくらい私は上機嫌だった。

 幸ちゃんの表情に生気が戻っている。

 もう少し時間はかかるかもしれないが、これならきっと大丈夫だろう。

 少し冷めてしまったご飯は出来立てほど美味しくないのだろうが、幸ちゃんの問題が解決した今、むしろ最初よりも美味しく感じられた。


 幸ちゃんの公平くんも、嬉しそうに食べている。

 だが幸ちゃんも公平くんも肉じゃがを食べ切ってしまったみたいだ。


「二人とも、肉じゃがはまだ残っていますけど、おかわりいりますか?」


「……すいません、お願いします」


「幸も!おかわりください!」


 公平くんは申し訳無さそうに、幸ちゃんは元気におかわりを申し出た。

 きっとこの元気な幸ちゃんが本来の姿なのだろう。

 それを見られただけでも、今日ここに来た甲斐はあった。

 そして二人はおかわりした肉じゃがを美味しそうに食べたのだった。


 そして食事が終わり


「ご馳走様でした。美味しかったです、ほのかさん」


「お粗末さまでした。幸ちゃんはどうでしたか?」


 私の言葉に幸ちゃんは


「うん、美味しかった!ほのかお姉ちゃんの料理、幸大好きだよ!」


 今日一番の眩しいくらいの笑顔でそう答えてくれた。



 その後は片付けをして帰ろうかと思っていたら


「……ほのかお姉ちゃん、もう帰っちゃうの?もっと一緒に遊びたいな」


 と幸ちゃんが私のスカートを握るものだから、もう少しだけお邪魔した。

 その際に


「ねえねえ、ほのかお姉ちゃんと幸ってお友達だよね?だったら『ほのちゃん』って呼んでもいい?」


「う~ん、じゃあ私も『さっちゃん』って呼びますけどいいですか?」


「うん!えへへ~、ほのちゃんだ~」


「ええ。そうですよ、さっちゃん」


 といった会話があった。

 そして


「……ぐっすり寝ちゃってますね。起こした方がいいですか?」


「こうなるとちょっとやそっとじゃ起きないんですよね、こいつ」


 泣き疲れて遊び疲れたのか、さっちゃんは完全に寝入ってしまった。

 まだお風呂にも入っていないのだが、どうするのだろうか?


「このまま寝かせるしかないですね。風呂なんかは明日にして、とりあえず部屋まで運んで着替えさせてベッドに寝かせてきます」


 お姫様だっこでさっちゃんを運んでゆく公平くん。

 その横顔はとてもとても優しかった。



 公平くんが戻ってきたのを確認して、そろそろお暇させてもらう事にした。

 私を駅まで送ろうとする公平くんだったが


「今日のところはさっちゃんの傍に居てあげて下さい。もし目を覚ました時に、公平くんが居ないって知ったら不安でしょうから」


 という私の言葉を渋々ながらも了承してくれた。

 そして靴を履いて帰ろうとした時


「あの、ほのかさん!……図々しいお願いだって分かってます。でも、もう一度うちに来て料理を作ってくれませんか?」


 と公平くんがそう言った。


「幸があんなに楽しそうにしてたの、両親が生きていた頃以来なんです。ほのかさんにとってご迷惑でしかないのは理解しています。……もう一度だけでもいいんです。幸に、ほのかさんの手料理を食べさせてやってくれませんか?」


 公平くんにしてみれば、断わられても仕方ないお願いなのだろう。

 懸命に頭を下げる公平くんのその姿が、私は大変気に入らなかった。


「……そうですかそうですか。公平くんは私がそんな薄情者に見えているんですね」


「……あれ?えっと、ほのかさん?」


 顔を上げた公平くんと目が合う。

 ああ、良かった。私が怒っていることに気がついてもらえた。


「私は公平くんともお友達になりましたよね?公平くんは、私が困っているお友達を見捨てるような人間だって思ってる訳ですか?」


「いえ!決してそんな事は思ってません!」


 慌てる公平くんの姿に溜飲が下がる。

 ……まあ、脅かすのもこのくらいにしておこう。


 小さくクスリと笑い、私は公平くんにこう告げた。


「……そんなの嫌だって言っても押しかけますよ。だって私はさっちゃんのお友達なんですから」

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