第17話 初めての料理とママの肉じゃが

 気合も新たに料理に取り掛かろう。

 作る料理はハンバーグに野菜サラダ、ご飯とお味噌汁を付けて最後に肉じゃがだ。

 本来であればもっとハンバーグ定食に寄せた方がバランスが良いと思う。

 その場合付け合せに、ポテトサラダかフライドポテトなどを添えた方が近い感じに仕上がるだろう。


 だが、肉じゃがは幸ちゃんにとって特別なものなのだそうだ。


『他のどんな料理よりも、綾姉の作る肉じゃがが好きだったんですよ』


 何度か自分でも作ってみたんですがあまり食べてくれませんでした、と公平くんは言っていた。

 そのくらい思い出深いものならば避けた方が賢明かもしれない。

 だが、他のものを作るよりは手が伸びるだろうとの判断だ。


 それに肉じゃがは私の得意料理でもある。

 数年前に母様から教わったレシピで作る肉じゃがは、かなりのものだと思う。

 幸ちゃんの思い出の味には及ばないかも知れないが、『美味しくない』とは言われないはずだ。



 そして料理は完成した。

 味見も済ませたが、十分美味しくできたはずだ。

 問題は唯一つ、これを食べて幸ちゃんが喜んでくれるかどうかだけだ。


「それじゃ幸を呼んできますね。水本先輩は座って待ってて下さい」


「はい、お願いします。……それと水本先輩ではなく『ほのか』ですよ?」


「……すみません、気をつけますので笑顔で圧かけるの止めてください」


 公平くんを見送った後、椅子に座り料理が並べられたテーブルを見渡す。

 ……うん、盛り付けも綺麗だし美味しそうだ。

 でも、やっぱり少し緊張するな。

 幸ちゃんが喜んでくれるかどうかは、食べてみないと分からないもんね。


 そうしていたら、公平くんが幸ちゃんを連れて戻ってきた。

 幸ちゃんはまだどこか、ぼうっとした感じで手を引かれている。

 それでも私を見ると


「……ほのかお姉ちゃん、今日はごはん作ってくれてありがとうね」


 と少しだけ笑って言ってくれた。

 

 ……だけど私には、その笑顔さえも痛々しく見えた。

 公平くんから聞いていた本来の幸ちゃんは、元気で明るい女の子だ。

 その娘が、こんな弱弱しい笑みしか浮かべられないくらいに元気を無くしてる。

 それを思うと胸の奥が締め付けられるように痛かった。


「どういたしまして。頑張って作ったのでいっぱい食べてくださいね」


 それを表に出さないように、幸ちゃんに笑いかける。

 ……私でさえこれなんだ。公平くんはもっと辛いに決まっている。

 私が辛そうにして、二人に余計な心配をかけるわけにはいかない。


「それじゃ晩ごはんにしよう。幸も席に着こうな」


 席の配置は公平くんの隣に幸ちゃん。私は公平くんの真向かいだ。

 全員が座ったところで


「それじゃ手を合わせて、いただきます」


「いただきます」


「……いただきます」


 公平くんの掛け声で晩ごはんを食べ始めた。

 少しドキドキしながら幸ちゃんの方を見る。

 隣の公平くんも幸ちゃんの様子を伺っていた。

 幸ちゃんはまずはメインのハンバーグに手を伸ばしている。


 合いびき肉に玉ねぎ、パン粉に卵とオーソドックスなハンバーグだ。

 ソースもデミグラスソースだから、よく言えば王道なハンバーグではある。

 私も一口食べてみるが、香ばしくもジューシーに焼き上げられ、口の中には肉汁が広がりソースと絡み合う。

 ……うん、美味しく出来ている。これなら幸ちゃんも、と思っていたのだが


「幸ちゃん、どうですか?美味しく出来たと思うんですが……」


「……うん、美味しいよ。ほのかお姉ちゃん、お料理上手だね」


 と、喜んではくれたようだが元気を取り戻すまでには至っていない。

 その後もご飯、お味噌汁、野菜サラダに手を伸ばすが表情に変化はない。

 だが、そんな幸ちゃんだが不自然な点がある。

 何故だが大好物のはずの肉じゃがに一向に手を付けないのだ。


「幸ちゃん、肉じゃがはどうですか?好きだって聞いたから作ったんですが」


 私が聞いてみると、幸ちゃんは表情を曇らせて


「……食べないと、ダメかな?」


 と言った。


「幸、どうしたんだ?肉じゃが好きだっただろ」


 公平くんが理由を聞くと


「……だって『ママの肉じゃが』じゃないもん。幸が好きなのは『ママの肉じゃが』なんだもん」


 少し辛そうにそう言った。


 ……これは私のミスだ。

 幸ちゃんが望んでいるのは『美味しい料理』ではなく、幸せだった頃を思い出せる『ママの思い出の料理』だと分かっていたはずなのに。

 それなのに『ママと違う味の料理』を出してしまえば、幸ちゃんにご両親がいなくなった事を強く意識させてしまう事となる。


「……なあ、幸?ほのかさんが料理上手なのは分かっただろ。少しだけでも食べてみないか?」


「……やだ。『ママの肉じゃが』がいいんだもん」


 公平くんが説得しようとするが、幸ちゃんは頷かない。

 ……仕方ないよね。私じゃ『ママの肉じゃが』は作れないんだもの。


 公平くんも何か言いたそうにしていたが、無理強いは良くないと思ったのだろう。

 自分の分の肉じゃがに手を伸ばし口に入れたのだが、何故か動きを止めている。

 その顔には驚きの表情が刻まれていているが、一体どうしたのだろう?


 私も自分の分を食べてみるが、美味しくはできているが普通の肉じゃがだ。

 そんな反応をされる理由が思いつかないのだが……。


「あの、公平くん?その肉じゃががどうかしましたか?」


「……すいません、ほのかさん。少しだけ待って下さい」


 一度深呼吸をして、公平くんは再び幸ちゃんに話しかける。


「幸、一口でいい。その肉じゃがを食べてみてくれ」


「……こうちゃん、幸食べたくないよ」


「頼む、一口だけでいいんだ。それで食べたくなかったらもう言わない。ほのかさんが頑張って作ってくれたんだ。頼む」


 必死に頼み込む公平くんの様子に、幸ちゃんは随分と悩んだ上で


「……一口だけだよ。それ以上は、幸食べないからね?」


 と言って肉じゃがを口にした。

 そして肉じゃがを食べた幸ちゃんだが、公平くんと同じ様に動きが止まった。

 その顔には同じ様に驚きが浮かんでいるが、本当にどうしたんだろう?


 そして幸ちゃんはゆっくりと動き出して、一口だけと言っていた肉じゃがを食べ始めた。

 止まる事無く肉じゃがを食べきった幸ちゃんは


「……ママの肉じゃがだ。ママが作ったのと同じ味がする」


 そう言って涙を流したのだった。

 

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