第4話 優しい眼差し

 そんな事を思い出していたら、いつの間にか二人がお風呂から上がったようだ。


「公平くん、お風呂頂きました。続いて入っちゃってください」


「おっふろに入ってぽっかぽか、おっふろに入ってぽっかぽか!」


 湯上りで妙に艶かしいほのかさんと、上機嫌の幸が声を掛けてきた。


「ありがとうございます。幸、ちゃんとほのかさんの言う事守れたか?」


「うん!ちゃんと肩まで浸かってひゃく数えたよ。ね~、ほのちゃん?」


「はい、さっちゃんとっても良い子でしたよ」


 ほのかさんに褒められて更に上機嫌になる幸。

 う~ん、テンション高いけど、幸の奴眠れるのか?


「公平くん、私がさっちゃん見てますから」


「いや、でもそろそろほのかさんも帰らないと……」


「公平くんがお風呂から上がったら帰りますよ。さっちゃんを一人にする訳にもいかないでしょう?。それにお湯が冷めちゃうともったいないですよ」


 そう言われては断りづらい。

 俺は代えの下着を持って風呂場に向かうのだった。



「……はあああぁぁぁぁ。……良い湯だなあ~」


 ささっと体と髪を洗って湯船に浸かる。

 なんだかんだと、色々疲れは溜まっていたらしい。


(それにしても幸の奴、もう俺とじゃなくほのかさんとお風呂に入りたがったか)


 それ自体は悪い事ではないし、いずれは一緒に入れなくなるのだが、何故か微妙な敗北感がある。

 だがそれも仕方ないだろう。ほのかさんはどことなく綾姉に似たところがあるし。


(外見的には全く似てないんだけどな。綾姉は背も高かったし、スレンダーなモデル体型だったからな)


 それでも雰囲気というか、身に纏ってる柔らかい空気が綾姉を思い出させる。

 だからこそ幸もあんなに懐いているのだろう。


 今でこそ笑顔を見せ我侭も言う幸だが、ほのかさんがうちに来る一月前まではまるで感情というものを無くしてしまったかのような状態だった。

 最後に泣いたのだって、二人が火葬される事を幸に説明した時に


『やだッ!止めてよッ!パパとママが熱くてかわいそうだよッ!!』


 と、半狂乱になって泣き叫んだ時だった。

 そしてそのショックからか、幸はそれから笑わない子供になってしまった。

 以前の幸は綾姉が


『元気なのはいいんだけど、もう少し落ち着いて欲しい』


 と、ぼやくほどに活発な子供だったのに。

 そしてそれは、幸がほのかさんと出会うまでずっと続いていたのだ。


 だからこそほのかさんにはどんなに感謝してもし足りない。

 本人曰く


『本部長からフォローしてやってくれ、とお願いされましたから』


 と言っていたが、あくまでお願いだから業務命令でもないし報酬も発生しない。

 ほのかさんの従兄である本部長のお願いとはいえ、お人よしにもほどがある。


 正直言って今ほのかさんがいなくなれば、幸は以前の状態に戻りかねない。

 そのくらい幸の状態は不安定であり、安心できるようなものじゃない。

 だからこそ俺がしっかりしなきゃいけないのだが


(……難しいな。年齢が違うとはいえ、綾姉はちゃんと俺を育ててくれたのに)


 綾姉に比べて、自分の力の無さに心が折れそうになる。

 だが弱音を吐いている暇なんてない。

 幸が大人になるまで親代わりとなって守る。それだけは何があっても守るってあの時誓ったんだ。


 そんな風に色々考えていたら、思っていたより時間が経ってしまっていた。

 急いで風呂から上がると、リビングには二人の姿がない。

 黙って帰るようなほのかさんじゃないので、多分幸の部屋だろう。

 そう思って幸の部屋に向かうと、部屋の中から声が聞こえた。


「……ふふっ、寝ちゃいましたか。今日はたくさん遊びましたからね」


 慈愛に満ちたほのかさんの声が廊下まで届く。

 俺は幸を起こさないように、小さくノックしてほのかさんに話しかけた。


「ほのかさん、俺です。入っていいですか?」


「……はい。さっちゃん寝ちゃってますから、静かに入って下さいね」


 ゆっくりとドアを開け幸の部屋に入る。

 幸の年齢にしてはやや大きめの部屋だが、そこにあるベッドで幸は穏やかな寝息を立てている

 そしてその傍には幸の手を握っている、優しい顔のほのかさんがいた。


 ……ずっと以前に、俺はこれとよく似た光景見たことがある。

 その時に幸の手を握り、同じ表情をしていたのは綾姉だ。

 きっと幸も同じ安らぎを感じたからこそ、あんな穏やかな顔をしているのだろう。


 涙が滲みそうになるのを必死に堪え、ほのかさんに話しかけた。


「幸の奴寝ちゃったんですね。寝かしつけてくれてありがとうございます」


「公平くんがお風呂に入った直後くらいですかね。急に眠気が来たみたいで、それで先に寝かしつけたんですよ」


「……ほのかさんと一緒だったから、こんなに安心して寝てるんでしょうね。俺の時はなかなか寝ないから、絵本読んだりするんですけどね」


 幸の顔を見て話していると、ほのかさんが何故か俺の方を見て微笑んだ。


「あの、ほのかさん?俺、何か変な事言いました?」


「……いえ、さっちゃんの事を話す公平くんは、まるでさっちゃんのお父さんみたいだなって、そう思っただけですよ」


「……本当にそうなれたらって思います。俺は正彦さんほど立派な人間じゃないですけどね」


 幸を起こさないようにそっと頭を撫でながら、俺は少しでも幸の助けになれているのだろうかと自問自答するのであった。

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