第5話 送り送られ思い様々
幸が完全に寝入ったのを確認して、俺とほのかさんは部屋を出た。
幸は一度眠ると滅多な事では目を覚まさないから、朝までこのままだろう。
「それじゃそろそろ失礼しますね。明日、また会社で会いましょう」
持参した買い物袋を手に取り、帰り支度をするほのかさん。
そんなほのかさんに俺は
「ほのかさん、もう遅いですから駅まで送りますよ」
と提案する。
うちは最寄り駅からは少々離れた場所にあり、女性一人を歩いて帰らせるのは少々不安があるのだ。
それでもほのかさんは
「いえ、大丈夫ですよ。人通りの多い場所を通りますから」
と断ろうとしたのだが俺は
「このくらいはさせて下さい。万が一があったら俺も幸も悔やみきれませんから」
やや強引だったが、ほのかさんを送る準備を始めた。
少し迷っていたようだが、幸の名前を出されては断れなかったようで
「……それじゃお言葉に甘えますね」
そういうと、俺達は連れ立って駅へと向かうのだった。
しっかりと戸締りをして駅へと歩いてゆく。
駅までは徒歩で十五分ほど。商店街からは離れているので人通りもあまりない。
街灯はあるので暗くて見通しが悪いという事はないが、女性を一人で歩かせるには危険がないとは言い切れない。
そんな駅までの道中だが、ほのかさんはどこか楽しげだ。
「ほのかさん、何か良い事でもありました?」
「えっ、どうしたんですか急に」
「いえ、ほのかさんが何か楽しそうだったもので」
俺の言葉に少し考え込むが、心当たりがあったようで
「……そうですね。縁というのは不思議な物だと思いまして」
「……縁、ですか?」
「はい。少し前までは公平くんと、こんな風に夜一緒に歩いてるだなんて想像もしてませんでしたし、さっちゃんの事も全然知らなかったんだなーって」
「……ですね。会社ではお世話になっていましたけど、親しかったかといえば他の人とそんなに差はなかったでしょうし、幸があんな短期間でほのかさんに心を開くとは思っていませんでしたよ」
いや、正直言って幸に関しては地味にショックだ。
一応産まれた時から知ってるし、それなりに遊んだりもしてたんだけどな。
だというのに、もはや親密さではほのかさんの方が確実に上だろう。
「あはは、そこは私は弟も妹も居ましたから。多分慣れの問題ですよ」
「それもあるでしょうけど、ほのかさん綾姉と雰囲気似てますから」
「そうですか?写真を見る限り、あまり似たところはないと思ってたんですが」
「……さっき部屋で幸の手を握ってましたよね。あの時の表情が綾姉にそっくりでした。本当に幸の事が大切なんだなって、見てるこっちにも伝わるぐらいに」
綾姉と正彦さんが亡くなった時、幸をあんな顔で見守ってくれる人と再び出会えるだなんて思ってもいなかった。
特に正彦さん側の親族は、綾姉の事を正彦さんを誑かして人生を狂わせたって本気で思ってたからな。
結局最後まで綾姉との結婚にも反対してたし、正彦さんも最後には
『そんなに綾音の事が気に食わないのならもういい。僕が橘の家に婿入りすれば済む話だからね』
と、静かにキレて絶縁したからな。
どこの馬の骨とも知れない綾姉に正彦さんを盗られたのが納得いかなかったんだろうが、両親を亡くしてショックを受けていた幸に綾姉の悪口を言っていたのを見た時は、胸ぐら掴んで『二度と顔を見せるな』と言ってやったが後悔は微塵もない。
幸も本能的にほのかさんが自分の味方なのが分かったのだろう。
そうでなければ、あんなに傷ついていた幸が初対面のほのかさんに懐くはずがない。
……本当なら、俺がそうならなければいけなかったのに情けない限りだ。
「……公平くん、もっと自信を持ってください。公平くんはちゃんとさっちゃんの支えになれていますよ」
俺の心を読んだかのように、ほのかさんがそう口にした。
「……全然足りてませんよ。綾姉も正彦さんも本当に凄かったんですから」
ほのかさんの言葉に苦笑しながらそう答えた。
まあ、あんな完璧超人達と比べられては勝ち目なんてある訳ないんだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「送ってくれてありがとうございました。それじゃまた明日ですね、公平くん」
「はい、今日もありがとうございました。おやすみなさい、ほのかさん」
公平くんと駅で別れて電車に乗り込む。
この時間だと混むこともなく、最寄り駅までの十五分は座っていられそうだ。
私の住むマンションは駅から徒歩五分の場所だし人通りも多いから、帰り道が危険という事もない。
(お風呂は入ったから後は寝るだけか。流石にちょっと疲れてるな~)
この生活を始めて一月。大変だけど止めるつもりは一切ない。
きっかけは従兄である本部長に頼まれたからではあったが、料理を作りに行くと決めたのは自分の意思だ。
『……俺が、幸の支えになってやらないといけないのに。なのに、全然上手くできなくて。幸を、あの娘を守るって誓ったのにッ!』
憔悴して涙を流しながらそう言った公平くんを放っておけなくて。
『……お姉ちゃん、誰?』
初めて会った時の、感情を無くしてしまったかのようなさっちゃんを、そのままにしておく事なんて出来るはずもなくて。
(……結局深入りしちゃったな。けど、二人が幸せそうにしてるのは本当に嬉しいんだから仕方ないよね?)
二人が料理を美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。
さっちゃんが私に笑顔を向けてくれるのが嬉しい。
……そんなさっちゃんを見て、公平くんが優しい顔をしているのが嬉しい。
二人の笑顔を明日への活力に変えて、私はマンションへと帰るのだった。
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