第23話 巴の確認と公平の気持ち

 帰宅すると食材を整理して、早速ほのかさんがカレーを作り始めた。

 そしてその傍には


「ほのか、野菜ほこのくらいの大きさでいいのよね?」


「はい。さっちゃん用は食べやすいように、気持ち小さめでお願いします」


「ん、りょーかい」


 何故か巴さんも一緒に調理をしていた。


『ただ見てるだけってのも何だから、私も手伝うわね』


『いや、お客さんにそんな事をさせる訳には……』


『公平くん、母様は言い出したら聞かない人ですから好きにさせてください』


 という事なのだが、巴さんはほのかさんに負けず劣らず手際がよい。

 それというのも


『私は母様から花嫁修業として、徹底的に家事を仕込まれましたから』


 との事で、ほのかさん曰く『自分以上の家事の達人』だそうだ。

 そして手際よくカレーを仕込み、そのまま夕食もほとんど完成してしまった。


「すごいね!ほのちゃんもともえママもすっごく料理上手だね!」


「さっちゃんも鍛えれば出来る様になるわよ。今度教えてあげましょうか?」


「うん!おねがいします、ともえママ」


 その後夕食の時間となり、全員で食べ始めた。


 今日のメニューはかれいの煮付けにほうれん草のおひたし、肉じゃがにお味噌汁にご飯だ。

 ほのかさんだけで作っても十二分に美味いのに、『自分以上』と言っていた巴さんが加わって文句など出ようはずがない。


 そんな中、幸は特に大好物である肉じゃがを嬉しそうに食べている。


「さっちゃん美味しそうに食べるのね。肉じゃがが好きなの?」


「うん。ほのちゃんのお料理の中で一番好き!」


「……そう。それじゃいっぱい食べて大きくならなきゃね」


 巴さんは穏やかに笑ってそう言うのだった。




「それじゃおふろに行ってくるね」


「……不覚だわ。着替えを用意してたらさっちゃんと一緒にお風呂入れたのに」


「……初めて来たお宅のお風呂に入ろうとしないでくださいよ、母様」


「それはまた機会があればお願いします。それじゃほのかさん、お願いしますね」


 そしていつもの様にほのかさんと幸がお風呂に向かう。

 リビングには俺と巴さんが残されて、微妙に気まずい。

 そんな中、巴さんが俺に話しかけてきた。


「……ねえ、公平さん。さっちゃんのご両親ってどんな人達だったのかな?」


「……そうですね。どちらも凄く立派な人達でした。俺なんかじゃきっと逆立ちしても勝てないくらい、本当に優しくて凄い人達でしたよ」


「そうなんだ。だからかな。さっちゃんがあんなに良い子に育ってるのは」


「はい。綾姉も正彦さんも優しいのと同じくらい厳しい人でしたから。しっかり教育されたんでしょうね」


「そっか。ほのかが肩入れしちゃうのも分かるわね」


 巴さんは一つ息を吐いて、真剣な表情で俺と向き直った。


「……公平さん、二つ貴方に確認したい事があります」


「……なんでしょうか、巴さん?」


「一つはさっちゃんの事。もし貴方とさっちゃんさえ良ければ、さっちゃんが大きくなるまで水本の家で預かっても構いません。その後はこの家に戻っても構わないし、その間の家の手入れもこちらでします。さっちゃんには安定した生活環境が整いますし、貴方も不慣れな生活から解放されます。どうですか?」


 巴さんの雰囲気からは冗談を言ってる気配は無い。

 俺と幸が頷けば、本当にそうしてくれるのだろう。

 幸の事を思えば、そうした方が幸にとって幸せかもしれない。

 だけど


「申し訳ありませんがお断りします。幸には出来る限りこの家で過ごさせてやりたいんです。……両親の思い出が詰まったこの家で」


 幸にも確認すべきだが、多分断わるだろう。

 ここが一番二人の事を思い出せる場所なんだから。


「……はあ~、まあそうでしょうね。残念です。もし叶えばさっちゃんを毎日可愛がれたのにな~」


 こちらの方は元々望み薄だと思っていたのか、あっさりと引いてくれた。

 そしてもう一度真剣な顔になって


「それではもう一つの方です。公平さん、貴方は……」





「それじゃそろそろお暇しましょう。今日はとても楽しかったですよ」


「こちらこそありがとうございます。幸も喜ぶのでまたいらしてください」


「ええ、是非そうさせてもらいますね。今度はさっちゃんと一緒にお風呂に入りたいですし」


「……母様、いい加減にしてください。それじゃ公平くん、また来ますね」


 さっちゃんを寝かせて、私と母様は橘家を後にする。

 その際に母様が、さっちゃんの寝顔を見て


『……ねえ、やっぱりさっちゃんを連れて帰っちゃ駄目かしら?』


 と言い始めたので、母娘で言い合いを始めて公平くんには迷惑をかけてしまった。


「全くもう!母様、あまり迷惑をかけないでください!」


「え~、だってさっちゃんが可愛いんだもの。仕方ないじゃない」


 ……本当にもう、この人は。


「まあでも、貴女が肩入れするのも分かるわ。公平さんもさっちゃんも良い子だし、力になってあげたくなるわね」


「……はい。だから母様、私は橘家に通うのを止めるつもりはありませんよ」


「仕方ないわよねー。公平さんにはさっちゃんを水本の家で育てようかって提案したんだけど、きっぱり断わられちゃったしねー」


「……何してるんですか!あ、だからお風呂から上がったら微妙な空気だったんですね?」


「まあいいじゃない。遅くなっちゃったし早く帰りましょ」


「良くないです!もう、母様!ちゃんと人の話聞いてますか?」


 先を歩く母様を追いかけて、一度きちんと話をしないといけないと思う私だった。





       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





(さてもう一つの方は、ほのかにどう話すべきかしらね?)


 後ろからお説教してくる愛娘に、公平さんとの話をどう伝えるべきか悩む。

 あの時、公平さんは


『それではもう一つの方です。公平さん、貴方はほのかの事をどう思っていますか?ちゃんと娘を異性として見ていますか?』


『……ほのかさんは魅力的な女性だと思っています。それこそ文句のつけようがないくらい素敵な女性です』


『では、ほのかと結婚するつもりはありますか?私が見る限り、あの子は公平さんの事を好意的に見ていると思いますよ」


『……それが本当ならとても光栄なことです。……でも、俺がほのかさんと結婚する事はないでしょう』


『……それはほのか以外に意中の相手がいるからですか?それともほのかにそれだけの魅力がないからですか?』


『どちらも違います。俺がほのかさんと結婚出来ない理由は……』


 そこまで話した時、公平さんは


『俺には、ほのかさんを好きになる資格がないからです』


 辛そうな表情で私にそう答えた。

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