第24話 二つの夢

 その後マンションまで帰ると、迎えの車が待っていた。

 それに乗り込む前に、母様は


「ほのか、もし貴女が公平さんに対して本気なら、必死になって繋ぎ止めなさい。あの人は、きっと自分の幸せは全部後回しにしてしまう人だから」


「……それって、どういう意味ですか?」


「言葉通りよ。……でも一つだけ後押ししてあげる。私は公平くんが貴女の相手なら文句はないからね。精々頑張りなさい」


 と、謎の励ましを残し帰ってしまった。

 ……本当になんだったのだろうか?





       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「よっと。……うん、綺麗に焼けましたね」


 綺麗に巻けた卵焼きをまな板の上に乗せつつ、グリルから香ばしい匂いを漂わせる鮭の切り身を確認する。

 ……よし、絶妙。香ばしくもジューシーに焼けている。


 手の上でお豆腐をさいの目に切ってお味噌汁に投入。

 お豆腐が温まるまでの間に卵焼きを切って、鮭と一緒にお皿に乗せた。

 冷蔵庫から、昨日作ったひじきの煮物を小鉢に盛り付ける。


 炊飯器を開ければ、そこに控えるは炊き立てつやつやの白米。

 それをお茶碗に盛って、おかずと一緒に食卓に並べる。

 そうこうしている内に、お味噌汁もいい感じに温まった。


 時計を見れば、そろそろ二人が起きてくる時間だ。

 するとリビングのドアが開き、二人が姿を現した。


「おはよう、ほのか」


「……おはよう。……うにゃ~」


「はい、おはようございます。う~ん、さっちゃんはまだおねむみたいですね」


 公平くんはともかく、さっちゃんはまだ半分くらい寝ぼけている。


「このままじゃ危ないから、先に顔を洗わせるよ。ほら、行くぞ幸」


「……うん。行ってくるね~」


 洗面所に向かう二人の背中を、私は微笑ましく見送った。

 さて、二人が帰ってくるまでにお味噌汁を注いで食卓に並べておく。

 最後に私達用にお茶を、さっちゃん用に牛乳を用意して朝食の準備は完了だ。


 そうしたら、廊下の方からドタドタという足音が聞こえ


「待て!走るんじゃない、幸!」


「や~だよ。先に行ってるね~」


 そんな会話と共にさっちゃんがドアを開け、私の姿を確認して抱きついてきた。


「えへへ~。おはよう、


「はい、おはようございます、さっちゃん」


 天使のように愛くるしい笑顔を私に向けてくるさっちゃん。

 ……は~、癒されますね~。


「さ~ち~。お前、危ないから廊下は走るなと何回言えば……」


「む~、だって早くお母さんに会いたかったんだもん」


「ほのかは逃げたりしないって。一緒に暮らし始めて結構経つだろ?」


「同棲してからだと、半年は経ってますもんね」


 私の言葉に続けて、公平くんがちょっと照れたように


「そ、それに結婚もして夫婦になったんだ。ずっとこの家にいるんだから、幸も心配しなくていいんだよ」


 さっちゃんの頭をちょっとだけ乱暴に撫でながらそう言った。


「……うん。ずっと、ず~っと一緒だもんね。お父さん、お母さん!」


「そうだな。それじゃ席につこう。せっかくほのかが作ってくれたんだから」


「はい。皆で朝食にしましょうね。さっちゃん、あなた」


 二人が笑顔でこちらを見たので、私達は仲良く三人で食卓に向かった。





 (……って、誰がお父さんで、誰がお母さんですかッ!そ、それに夫婦って……)


 そんな心の声からのツッコミで、私は夢から覚めたのだった。



 自分の心臓が早鐘を打ったかのように激しく鼓動している。

 原因は分かりきっている。さっきまで見ていた夢だ。

 その夢の中で私は公平くんの奥さんで、さっちゃんからお母さんと呼ばれていた。

 多分設定としては、公平くんと私が結婚してさっちゃんを養子にしたのだろう。


(なんて夢見てるのよッ!!……これ絶対に母様のせいだ。母様が帰り際にあんな事言うからだ!……それにしても、公平くんの事『あなた』って)


 夢の中の私達はとても幸せそうだった。

 それは全くもって構わないのだが


(……どうしよう。公平くんの顔、まともに見れないかもしれない)


 まだ収まらない鼓動と熱くなったままの顔で、目を閉じれば浮かぶ夢の映像に私は頭を悩ませるのだった。





       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





(……って誰がお父さんで、誰がお母さんだッ!それに夫婦って何だよッ!)


 そんな心の声からのツッコミで、俺は夢から覚めたのだった。



 自分の心臓が早鐘を打ったかのように激しく鼓動している。

 原因は分かりきっている。さっきまで見ていた夢だ。

 その夢の中でほのかさんは俺の奥さんで、幸からはお父さんと呼ばれていた。

 多分設定としては、俺とほのかさんが結婚して幸を養子にしたのだろう。


(何て夢見てんだよッ!!……これ絶対に巴さんのせいだろ。昨日ほのかさんの事、異性として意識してるかとか聞くからだろ!……駄目だ、ほのかさんの『あなた』は強力過ぎる)


 夢の中では、俺も幸もほのかさんも幸せそうだった。

 だからこそ


(……ありえないよな。俺がほのかさんとずっと一緒にいられるはずがないのに)


 あの幸せそうな光景には決して手が届かないと知っている俺は、目を閉じて幻想の幸せの余韻に浸るのだった。

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