第40話 『水本家』と『碓井家』

 その後これまでの事を色々と話していたのだが


「すみません。公平くんとさっちゃんにお話しなければいけない事があるんです」


 と、公平くんとさっちゃんに話しかけた。

 公平くんもそうだが、特にさっちゃんにとっては大事な事だ。

 私の真剣な表情からそれを察したのか、二人が頷いたので話し始めた。


「公平くん、私が何故貴方の事を気にかけていたか、その理由を覚えていますか?」


「……確か、渡辺本部長に俺の近況を聞いたから、でしたっけ」


「はい。正確に言えば、渡辺本部長から貴方のフォローを頼まれたからなんです」


「渡辺本部長から、ですか?……あの、俺本部長とはあまり接点がないんですけど、何か理由があるんですか?」


 これから告げるのは、公平くん達には初耳の事だろう。

 だから二人が混乱しない様に、一呼吸置いてゆっくりと話し出した。


「……はい。渡辺本部長の実家である『渡辺家』。そしてさっちゃんのパパの実家であった『碓井家』。このどちらも『水本家』の家臣の家柄であり、親族にあたるからです」


 公平くんもさっちゃんも驚いた顔をしている。

 私は二人に気を遣いつつ、そのあたりの事情を話し始めた。



 『水本家』というのはこの周辺を支配していた戦国大名の一族で、今でもその名残からこの周辺では絶大な権力と財力を有する家だ。

 事実今日だって、地元の国会議員だとか県知事なども挨拶に来ていた。

 この県の経済だって『水本家』が関わっていないものなど殆どない。

 表立って水本の名は冠していないが、誰でも聞いた事がある世界的企業だって実は『水本家』のグループの一員だったりするのだ。


 そして当然、そんな大きなものを『水本家』だけで回せるはずがない。

 そこで力となったのが、戦国大名の時代から『水本家』に仕えてきた家臣達だ。

 我が家に仕える『高坂』『内藤』『馬場』『山県』『山本』『武藤』『真田』などの使用人達も元を辿れば家臣の一族だ。


 そんな中、有力な家臣の中には『水本家』と血の繋がりを持った家もある。

 その代表格が『渡辺家』であり『碓井家』なのだ。

 『渡辺家』はこれまで何度か『水原家』の娘が嫁に行っているが、最近では母様の妹である藤乃ふじの叔母様が嫁いでいる。

 だから剛志さんは、私にとって従兄に当たるのだ。


 一方で『碓井家』なのだが、ここ最近では婚姻を行っていない。

 最後に行われたのが江戸時代の末期、こちらは当時の当主の妹が嫁いでいる。

 だから身内といえば身内なのだが、『渡辺家』に比べるとそういう感覚は薄い。


 それに何より、戦国時代では『渡辺家』『碓井家』は『坂田家』『卜部家』と共に『水本家』を支えてきた家ではあったが、現代になるにつれて『渡辺家』は隆盛し『碓井家』は徐々にではあるが落ちぶれてきた。

 それでも十分名家と呼んで差し支えない家柄ではあるが、平成の初め頃には事業は下降気味となり、それが現在でも続いている感じだ。


 規模としてはグループ内では中の上ほどだが、それでも実績などから考えると軽視してよい家でもない。

 今日だって早々に当主、妻、長男も来たそうなのだが、私がいないと分かると長男はさっさと帰ってしまったそうだ。

 何故私がいないと帰るのかといえば、要するに私を妻にして『水原家』の力で再び家を盛り立てるつもりなのだ。


 遥はまだ十五歳だし、向こうは三十三歳と年齢が離れているので、相手としては私しかいない。

 その年齢でも結婚していないのは、私との結婚に一縷の望みを賭けているからであり、本来本命であった人物が私との縁談を断わったからだ。


 そう、その人こそ碓井正彦さん。さっちゃんの実の父親だ。


 正彦さんは『碓井家』の中でも久し振りに出た天才として有名だった。

 正彦さんが当主となれば、衰退ぎみだった『碓井家』も盛り返すだろうともっぱらの噂だったが、『碓井家』では長男が当主を継ぐのが慣習となっていた。

 それでも私との縁談が決まれば、正彦さんが当主でも構わないと『碓井家』は思っていたのだが、それは正彦さん本人が父親である『碓井家』の当主に


『僕には心に決めた人がいる。その人以外と結婚するつもりは無い』


 と、高校生の頃にきっぱりと断りを入れている。

 その相手というのが公平くんの実姉、さっちゃんの母親である橘綾音さんだった。

 後はご存知の通り正彦さんは実家と絶縁、橘家に婿入りしてさっちゃんが産まれたという訳だ。


「ですので、実はさっちゃんと私達は遠縁ではありますが親戚になるんです」


「ちなみに、今の『碓井家』はあまり評判が良くないです。かつての力は無いのに、態度だけは昔のままなんで。あんなのが相手なら、公平さんが義兄あにになった方が百倍ましですね」


「……正直、私も苦手です。今日だってお姉様がいないと知ったら、挨拶を済ませてさっさと帰っちゃいましたから。『水本家』の事だって、これまで散々援助だってしてるのに『主家なのだから当然だろう』って態度で。あんな人の元に嫁いでも、絶対にお姉様が大事にされるはずがありませんよ」


 光輝も遥もかなり悪く言っているが、私も同じ思いだ。


 ……だからこそもっと早く話すべきだったのだが、二人と親しくなるにつれて私が『碓井家』に縁があると知られたら『話したら嫌われるかもしれない』という思いが湧き上がってしまい、今日まで話す事ができなかった。


「……それじゃ、幸は『水本家』の人達と血が繋がってるんですか?」


「はい。嫁いだのはかなり前ですが『碓井家』とは間違いなく血縁です」


 それを聞いた公平くんは


「……幸、良かったな。正彦さんが、ほのかさん達との繋がりを残してくれてた。

……お前は一人ぼっちなんかじゃないんだ。全部パパのお陰だ。良かったな、幸」


 目を潤ませながらそう言った。

 それを見たさっちゃんは、公平くんの傍に駆け寄り


「……違うよ、こうちゃん。パパだけじゃないんだよ。だってママのおかげでこうちゃんがそばにいてくれたんだもん。……こうちゃんがいたから、幸は一人ぼっちじゃなかったんだもん。……こうちゃんがいたから、こうちゃんが守ってくれたから、幸はほのちゃんと会えたんだもん」


「……そう、だな。綾姉もだな。幸のパパとママは二人とも凄かったもんな。なあ幸、俺はちゃんと二人みたいにお前を幸せにしてやれてるか?ちゃんと二人の代わりが出来てるか?」


「ううん。パパとママの代わりじゃないよ。こうちゃんはこうちゃんだもん。パパとママと同じくらい大好きな、幸の『家族』だもん」


「……そっか、そっか。……幸、ありがとうな。幸が生きててくれたから、俺はまだ頑張れたんだ。幸がいてくれるだけで、もっともっと頑張れるんだ」


 そう言ってさっちゃんを抱きしめた。

 公平くんもさっちゃんも、涙で顔中ボロボロだ。

 ……だけど、私はその姿が誇らしく思えた。


 (私の大切な人達は、私の大好きな人達は、こんなにお互いを大事に思える人達なんだ)

 

 こんな人達と出会い、好きになれた自分が誇らしい。

 私の判断は間違っていなかった、と誰が相手でも胸を張れる。

 滲む涙を拭いながら、私の『家族』に目をやると


「……うん、大丈夫。公平さんなら義兄にいさんと呼べるね」


 光輝は二人を見て満足そうに頷き


「……良かった~。公平義兄にい様も、さっちゃんも本当に良かったです~」


 遥は二人に負けないくらいボロボロと泣いて


「ね、言ったでしょ。公平さんなら絶対にほのかを大事にしてくれるって」


「……ふん。『家族』ならば当然だ。言っておくが、儂はそう簡単に認めんからな」


 母様は嬉しそうに、父様は複雑そうに、それでも二人を見る目は優しかった。

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