第39話 結局幸には敵わない

 頭は下げたままだ。良いと言われていないのに、勝手に上げる訳にはいかない。

 だから俺には、 頼彦さんがどんな表情をしているのかは分からない。

 そんな頼彦さんは、一つ息を吐いてほのかさんに尋ねた。


「……ほのか、お前はどうだ?もしも儂が、交際は認めないと言ったらお前はどうするのだ?」


「……そうですね。本当なら『だったら家を出ます』って言うつもりだったんですが……止めました。それはきっと公平くんが望まないでしょうから」


「お前も『水本家』に未練は無いと、そう言うのか?」


「未練が無いのは『水本家の財産』ですよ、父様。財産よりも公平くんの方がいいんです、私。それに『水本家』に欲しいものなら他にありますから」


「……それが、『家族』か」


「はい。私は公平くんとさっちゃんの『家族』になりたいんです。だからもし父様が反対するのなら、その時は許してくれるまで何度でもお願いに来るでしょうね。私が『家族』と縁を切るだなんて、そんな事この二人は望んでいないでしょうから」


「お前は、そこまでこの二人に入れ込んでいるのか」


「はい。公平くんはもちろんですけど、さっちゃんも同じくらい愛しています。もう私には、二人のいない人生なんて想像できませんから」


 そこでほのかさんが姿勢を正したようだ。そして


「ですから、お願いします父様。私と公平くんの交際を許して下さい。私の幸せは、公平くんとさっちゃんと共にあるんです」


 そう言って隣で頭を下げた。

 更に続いて


「……お願いします!こうちゃんとほのちゃんの結婚を許してください!こうちゃんとほのちゃんと、ずっと、ず~っと一緒にいさせてください!!」


 幸まで頭を下げたようなので、頼彦さんが無言になっている。


 ……まあ、俺やほのかさんまでなら驚かないだろうが、幸までとなると流石に予想外だっただろう。

 そこに追い討ちをかけるように


「さっちゃんにお願いされたら仕方ないわよね。そういう訳で、私は二人がお付き合いするの賛成だから」


「……私もです。お姉様がここまで言ってるのですから、どうかお許しになって下さい、お父様」


「……巴、遥、お前達もか」


「まあ『母親』としては、娘の幸せを最優先したいですからね。それで、光輝は賛成なの、反対なの?」


「……あのね、母さん。僕はこの二人とは初対面なんだよ。そんな判断下せる訳ないだろう?」


「それでも自身の立ち位置は表明しておいた方が良いのではないですか、お兄様?」


「……随分と楽しそうだな、遥。というか、お前も初対面だろう。何で賛成してるんだよ?」


「残念、今日のお昼前に一度お会いしていますよ。……それに賛成するだけの理由があります。お姉様が、他の誰といるよりも幸せそうなのですから」


 少し光輝くんは考えこんで、そして口を開いた。


「……僕は、まだこの二人がどういう人間なのかをよく知らない。だから安易な賛成も反対もできないけど、交際については認めては良いんじゃないかな。結婚については、その後判断するという形にしてさ」


「光輝、お前までそのような……」


「仕方ないでしょ。そもそも母さんが味方な時点で誰も逆らえないよ。……それに、少なくとも公平さんが姉さんの事を本当に大事に思ってるのは伝わったからね。それは父さんも分かってるでしょ?」


「…………」


「無言って事は肯定と受け取るよ。それだけでも他の候補者よりも好感が持てるよ。特にあいつは姉さんよりも『水本の力』を欲しがってるからね。そんな奴を義兄にいさんだなんて呼びたくないよ。姉さんをどこまで大事にしてくれるか分からないしさ」


「……光輝」


「弟としては姉を幸せにしてくれる人の方が良いし、『家族』になるのなら公平さんみたいな人が好ましいよ。……そして何より我が家の女性陣を敵に回したくないからね」


「さて、これで賛成していないのはあなただけですね。どうします?」


 巴さんが楽しそうに頼彦さんに聞いてみると


「……交際は認めるが条件がある。月に一度は三人で顔を見せに来なさい。それから結婚に関しては、公平くんの人となりを知ってから判断する。それでいいな?」


 渋々と言った様子で頼彦さんはそう言った。

 俺は頭を上げて


「ありがとうございます。至らぬ身ではありますが、期待を裏切らないように頑張ります」


 そう言ってもう一度頭を下げた。


「さっちゃん、もういいですよ。父様、許して下さいましたから」


「……本当?よかった!これで三人でいられるんだね!」


 顔を上げれば、ほのかさんと幸も喜んでいる。

 ……よかった。何とか上手くいったようだ。


 幸は立ち上がってほのかさんに抱きついている。

 そして


「ともえママ、はるかお姉ちゃん、ありがとう!よりひこパパとみつきお兄ちゃんもありがとうね!」


 と眩しい笑顔でお礼を言った。

 それに対し、水本家の方々は


「いいのよ。さっちゃんが喜んでくれたのなら、それがなによりのご褒美だわ」


「そうですよ。これでお姉ちゃんとして、さっちゃんを可愛がってあげられます」


「……なるほどね。母さんと遥はこれにやられたのか。うん、まあ分からなくはないかな」


「な、何だ!その『よりひこパパ』というのは?そのような呼ばれ方をされる覚えがないぞ!」


 巴さんと遥ちゃんはご満悦の表情で、光輝くんは納得した様子だった。

 唯一頼彦さんだけが戸惑っていたが


「……?だってほのちゃんのパパでしょ。だから『よりひこパパ』って呼んだんだけど、ダメ?」


「……いや、だ、駄目という訳ではないが。『パパ』ではおかしいだろう?」


 何故駄目なのか理解していない幸だったが、光輝くんは何かに気付いた様子で


「さっちゃん、ちょっとこっちにおいで。もっと喜ぶ呼び方教えてあげるから」


 幸を手招きして呼んでいた。

 疑う事もなく光輝くんの元に駆け寄る幸。

 ……それはいいのだが、光輝くん。しれっと『さっちゃん』って呼んでたけど良いのかい?


 そして幸に耳打ちしている。

 それを聞いた幸は


「こうちゃんとほのちゃんの事、許してくれてありがとうございました。大好きです『おじいさま』」


 笑顔で頼彦さんにそう言うと、頼彦さんは衝撃を受けたような表情をした。

 光輝くんの方に目をやると、勝ち誇ったような顔をしている。

 ……それは分かるけど、巴さんと遥ちゃんまで同じ顔してるのはどうなんですか?

 まあ本質的にこの家族、似た者同士なんだろうな、多分。


「……『おじいさま』か。……うむ、まあそれならばおかしくはないな」


「そうね。ほのかの子供になるなら、私も『おばあさま』でいいかもね」


「凄いですね、さっちゃん。お父様の照れた顔なんて初めて見ましたよ」


「……というか、これだったら最初からさっちゃんに『おじいさま』って呼ばせてたら、話が早かったんじゃないのかな?」


 光輝くんの言葉に誰も何も言えないあたり、実際そうだったのかもしれないな。


 まあ、このような形で俺とほのかさんの交際は認められたのだった。

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