第41話 出会ってしまった嫌な奴

「すいません、お見苦しいものをお見せしてしまって……」


「急に泣いてごめんなさい。それで、お顔洗いたいんだけど……」


「だったら、お姉ちゃんと一緒に洗面所に行きましょう。ね、さっちゃん?」


 いきなり泣いて場を乱した事を謝罪して、ついでに洗面所で顔を綺麗にしたいと言ったら、同じ様に泣いていた遥ちゃんが一緒に行くと言い出した。

 断わる理由も無いので俺達三人と、遥ちゃんのお付の内藤さんと一緒に移動した。


 洗面所で顔を洗うのは俺、幸、遥ちゃんの順番でとの事だったが


「いや、幸と遥ちゃんが先でいいよ」


 と、順番を譲ろうとしたのだが


「私達の方が時間がかかりますから。気にせずお先にどうぞ」


 と言われてしまい、譲り合うのも時間の無駄なので先に洗わせてもらう事にした。

 まあ、俺は顔を洗ってタオルで拭けばお仕舞いなのでさほど時間もかからない。

 さっさと終わらせて、幸と遥ちゃんと交代する。


 顔を洗ってさっぱりした俺は、二人と内藤さんが出てくるのを廊下で待っていたのだが、なにやら階段の方が騒がしい。


「お待ち下さい!許可なく二階に上がられては困ります」


「うるさい!私がわざわざ足を運んだのだ。彼女が嫌がるはずがないだろう」


 どうやら誰かが二階に上がろうとするのを、使用人が止めようとしている様だ。


「いくら貴方様でも、当家のルールには従っていただかなければ……」


「使用人風情が私に意見か?私を誰だと思っているのだ、貴様はッ!」

 

 ……随分と態度がデカいというか、偉そうな奴だな。

 それにこの声、どこかで聞いた事あるような……。

 洗面所から少し移動して階段の方を見ると、二度と見たくない顔がそこにあった。

 

 その相手とは正彦さんの兄で、『碓井家』次期当主の碓井優一だ。

 向こうも俺に気付き一瞬驚いた顔をして、その後忌々しそうな顔でこちらに近づいてきた。


「どうして貴様如きがここにいる!下賎の身でありながら水本家に入り込むなど許されると思っているのかッ!!」


「……別にあんたの許しは必要じゃねーだろ。つーか、こっちとしてはあんたの顔も見たくないんだから話しかけるなよ」


「私に向かって何という口の利き方だ!これだから出自も定かでは無い人間は駄目なのだ。……全く、正彦の奴もあんな女と関わるから早死にしたようなものだ」


 ……これが挑発だというのは理解している。

 そして人様の家で騒ぎを起こすなど、幼稚な人間のする事だ。

 だからここは、ぐっと我慢して受け流すのが正解だろう。


「お二方とも、お止め下さい!『水本家』で騒ぎを起こすなど許されません!」


 険悪なムードの俺達に割って入ったのは、使用人の真田さんだった。

 それを見て頭に上った血が下がり、少し冷静になれた。


「……すいません、ご迷惑をおかけしました。すぐに離れるので後はお任せします」


「おい!貴様逃げるのか?」


「……言いたい事なら山ほどあるけど、この人達に迷惑かけるつもりはないんだよ」


「はっ!私に負けるのが怖いのか?これだからクズの家系というのは……」


 まだごちゃごちゃ言っているが、無視して距離を取る。

 可能であるのならぶん殴ってやりたいが、自己満足の為に他人に迷惑をかけるのではこいつと変わらない。

 そうこうしていると、洗面所から幸達だ出てきた。


「お待たせ、こうちゃん。何でそんなとこいるの?」


 俺を見つけて駆け寄ってくるが、奴に気付いた幸の顔がこわばる。


「……あ、ああッ!何で、何でいるの?」


「ん?……ああ、貴様もいたのか。全く、揃いも揃って分も弁えぬ連中だな。貴様等如きがいて良い場所では無いのだぞ。恥を知れ!」


 幸の顔が青ざめて、少しパニックになりそうだ。


 それも仕方ない。こいつともう一人の弟は葬式の日、香典も持たずやってきて傷心の幸に対し綾姉の悪口を言いやがったからな。

 俺も忙しくてバタバタしていたとはいえ、それを防げなかったことはいまだに後悔している。

 正直あれさえなければ、幸ももっと早く立ち直れただろうからな。


「……全く、あの女も含めて疫病神ばかりだ。正彦も不幸な奴だ。貴様等と関わらなければ、長生きもできて幸せな人生も送れただろうに」


 俺の後ろからそんな声が聞こえた時、幸の後ろから遥ちゃんがやってきた。


「どうしたんですか?一体何が……」


 遥ちゃんが状況を確認しようとした時


「……違うもん。パパはママと一緒にいれて幸せだって言ってたもん!……幸が産まれてくれて、本当に幸せだってぎゅっと抱きしめてくれたもん!パパも、ママも、幸も幸せだったもん!勝手に決め付けないで!!」


 目に涙を溜めながら、それでも臆する事なく反論した。

 俺はそんな幸に近寄り


「……よく言った、幸。お前の言う通りだ。後は俺に任せろ。……遥ちゃん、幸の事少しだけ頼みます」


 勇気を出した幸の頭を撫で、遥ちゃんに幸を任せ優一と対峙する。


 『水本家』に迷惑をかけたい訳じゃない。

 だけど綾姉を、幸を、そして正彦さんを貶した奴を許せるほど俺は人間が出来てないんだ。

 何より幸が振り絞った勇気を台無しにしたくない。

 これは幸が過去を乗り越えた証なんだから。


「あんた程度が次期当主なんだから本当に『碓井家』は落ちぶれてるんだな。そりゃ正彦さんに愛想つかされても仕方ねーよ」


「貴様ッ!この私を愚弄するのかッ!貴様等などとと関わったから、我が家に不幸が降りかかったのだろうがッ!」


「現状を受け入れられない度量の狭さと、常に人を見下してるあんた等の態度が原因だろうが。人のせいにすんな。自業自得だろ?」


「……分かっているのか、貴様。正彦がいない今、私がその気ならば貴様もそのガキも捻り潰す事くらい訳ないのだぞ?」


「なんだ、結局お前は正彦さんにビビってたのかよ。……ああそうか。正彦さんが『碓井家』に残っていたら比較されてたもんな。正彦さんが綾姉を選んだからなれたおこぼれ当主だからな、あんたは」


「貴様ッ!貴様アァァ!!私がおこぼれ当主だと?許さんッ!絶対に許さんぞッ!!貴様等には『碓井家』の全力をもって地獄を見せてやるッ!!」


 いい感じに激昂した優一だが、実際『碓井家』の力があればそれは可能だろう。

 ……ただし、幸の傍に誰がいて、お前の台詞を聞いてどう思ったかを計算に入れなければの話だが。


「……双方、そこまでです。これ以上騒ぎを起こす事まかりなりません。この問題は『水本家当主』である父の裁定に委ねます。よろしいですね?」


 若いながらもこういう時は、流石に『水本家』の人間だ。

 遥ちゃんは威厳たっぷりに俺達の騒動を収め、俊彦さんに裁定を委ねた。


「……分かりました。遥さんのお言葉に従いましょう」


「俺も構いません。真田さんの証言も必要でしょうから、同行お願い出来ますか?」


 こうして俺達は、優一と一緒に応接間に戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る