第2話 三人の食卓

 食卓には小鉢に入ったきゅうり、蓮根と鶏肉の煮物、そしてお味噌汁にご飯が並んでいる。

 そして各自の目の前の皿の上には、アルミホイルで包まれたものが乗っている。

 多分これがメインディッシュの品だろう。


「……あの、ほのかさん?これは……」


「ふふふ、開けてからのお楽しみです。あ、さっちゃんは熱いから私が開けますね」


 そう言って包みを開けるとその中には


「じゃじゃ~ん、鮭のホイル焼きです。熱いから気をつけて食べてくださいね」


 仕上げに醤油を垂らし、パセリのみじん切りを乗せて完成だ。

 中に仕込まれたバターと混ざり合い、食欲をそそる香りが立ち上る。


 それを箸で摘んで口に運べば


「~~~ッ!!美味い、美味すぎるッ!!」


「おいし~い!ほのちゃん、これすっごくおいしいよ!」


「ふふっ、ありがとうございます。……うん、上手にできましたね」


 旬の秋鮭のホイル焼き、それがバター醤油味なら不味いはずがない。

 鮭の身はふっくら柔らか。臭みなんて全く無くひたすら美味い。

 一緒に入っている人参、玉ねぎ、シメジも甘くてとてもいい味だ。


 このままご飯との往復でかっ込みたいところだが、料理は他にもある。

 まずは口をさっぱりさせる為にきゅうりに手を伸ばす。

 

「……あ~、美味い。ほのかさん、これどうやって作ってるんですか?」


「簡単ですよ。味を染み込みやすくする為にきゅうりを叩いて、一口大にしたらごま油、いりゴマ、中華スープの素であえるだけです」


「ほのちゃん、こっちのれんこんもやわらかいね。とりにくもおいしいよ」


「今の時期の新蓮根は柔らかいですからね。うん、今日の料理はとても上手くできたみたいです」


 味噌汁はキャベツに油揚げのシンプルなものだが、文句のつけようもない。

 ……そりゃこの料理を食べたら幸だって、俺の料理や出来合いの惣菜では満足できる訳ないよな。

 栄養バランスも考えられていて、その上もの凄く美味いんだから。


 満足そうにニコニコしながら食べる幸と、それを微笑ましげに見守るほのかさん。

 ……なんかいいな、こういうの。幸せがここにあるって感じだ。


 その後も穏やかな雰囲気の中で食事を終えた。




「「「ごちそうさまでした」」」


 見事完食した俺達は、食べ終えた食器を流し台に運んでゆく。

 こういう時は幸も何度か往復しながら、自分の食器を運ぶ。

 これは俺が教えた訳ではなく、幸の母親であり俺の姉である綾姉の教えだ。

 そして上手に出来た時には


「幸、お手伝いありがとうな」


「偉いです、さっちゃん。良く出来ました」


 こうして褒めてやると、幸はとても嬉しそうに笑う。

 幸がこんなに良い子に育ったのは、綾姉の教育の賜物だろう。

 だからこそ幸には絶対に幸せになってもらう。

 それが俺の生きる理由であり、俺の全てだ。


「それじゃ洗い物は俺がしますから、ほのかさんは休んでてください」


「公平くん、後片付けまでが料理なんですよ。知ってますか?」


 いや、作ってもらった上に後片付けまでさせては俺の立つ瀬がない。

 ここは何としても、ほのかさんには休んでもらわなければ。

 そう考えていた俺に幸の助け舟が入った。


「ねえ~、ほのちゃん。幸といっしょにあそぼうよ~」


 よし!ナイスだ、幸!流石に幸からのお願いは、ほのかさんには断れまい。


「う~ん、分かりました。それでは公平くん、洗い物をお願い出来ますか?」


「お任せください。幸、ほのかさんにお礼は?」


「うん、ありがとうほのちゃん。それじゃあっちであそぼうね~」


「はいはい。それじゃ何して遊びますか?」


 幸が手を引いてほのかさんをリビングに連れてゆく。

 嬉しそうに笑う幸と、それを微笑ましげに見ているほのかさん。

 この光景を見れば、二人が親子だと言われても不思議じゃないだろう。


 後片付けを終えて、二人の所に戻る。

 何をして遊んでいるのか覗いてみれば、どうやら絵を描いているようだ。


「これでかんせ~い!どう、ほのちゃん?」


「上手に描けてますね。さっちゃん凄いです!」


 近付いて絵を見ると、まあ五歳児だなという絵ではある。

 描かれているのは三人の人物。

 女の子を中心に大人の男女が二人、仲良さそうに手を繋いでいる。


「これが幸だよな。それだとこれは……」


「こっちがこうちゃんで、こっちがほのちゃんだよ~」


 振り返って少し自慢げに俺を見る。

 ……良かった。最近はこんな風に笑顔を見せてくれる事も多くなった。

 これも全て、ほのかさんがうちに来てくれるようになってからだ。

 きっと俺だけなら、今でも幸はずっと殻に閉じこもったままだったろう。


「はい!ほのちゃんにプレゼント~」


「……ありがとうございます。大事にしますね、さっちゃん」


 描き上げた絵を渡す幸と、それを受け取るほのかさん。

 ……何かこの二人、俺を差し置いて仲良くなってないか?

 まだ出会って一月程度のはずなんだがな。


「えへへ~、ほのちゃんだいすき~」


「はい。私もさっちゃんの事大好きですよ」


(……まあいいか。幸が幸せそうならそれで)


 微笑ましい二人を見ながら、俺はそんな事を思うのだった。

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