第12話 手つなぎ鬼
「それでは体操を始めます。ぼくの動きをよく見て同じ様にしてください」
そう言って音楽に合わせみんなの前で体操を始めたのは、年長組の園児の一人だ。
来年には小学生になる彼は、真剣な顔で体操を行っている。
私も服装は動きやすいように、カジュアルでシンプルなもの上にエプロンをつけて彼の動きを真似ている。
軽く周囲を見渡すと年少組はぎこちないながらも年長組の彼の動きを真似て、年中組は慣れた様子で何人か私の方をチラチラと見ていた。
女の子は目が合うと笑顔になる子が多いのだが、男の子は私と目が合うと恥ずかしそうに顔を背ける子ばかりだ。
何故かと考えてみたら、体操の中には飛び跳ねたり身体をそらしたり捻ったりするものもあるからだろう。
……小さくても男の子だもんね。仕方ないか。
その後はクラスごとに分かれて決められたスケジュールで進行した。
私がいる年中組は、このまま園庭での自由遊びだ。
私が目新しいせいなのか、周囲には多くの子供達が集まってきた。
「ねえねえ、ほのか先生。私達といっしょにあそぼうよ」
「うん、さっちゃんもいっしょだよ~。かけるくんもうれしいよね~」
「べ、べつにおれはどっちでもいいけどさッ!どうしてもっていうならあそんでやってもいいぜ」
「……ほのか先生、ダメ、かな?」
さっちゃんを始めとする子供達が一緒に遊ぼうと言ってくれた。
茜先生からは事前に
『一緒に遊ぶのも、遊びを教えるのでもどちらでも構いませんよ』
とは言ってもらっている。
ならばせっかくのお誘いなので、一緒に遊ぶ事としよう。
「いいですよ。それじゃ何して遊びますか?」
「手つなぎ鬼しようよ。最初はほのか先生が鬼ね」
手つなぎ鬼とは鬼ごっこの一種で、鬼に捕まった子は鬼と一緒に手を繋いで他の子供達を追いかける。
そうして四人以上になったら、二人ずつに分裂してまた追いかける。
制限時間内に全員捕まえたら鬼の勝ち、逃げ切ったら子供達の勝ちだ。
今回は制限時間十五分で、茜先生が審判として時間を計ってくれる事となった。
「それじゃ始めるよ~。よーいスタート!」
茜先生の掛け声でゲームスタートだ。
鬼の私は子供達が集まっている場所に近づくが、文字通り蜘蛛の子を散らすように子供達は逃げてゆく。
それでもやはり動きの悪い子供はいるもので、あっさりと私に捕まった子がいた。
「ありゃりゃ~、つかまっちゃった。ほのかせんせい、よろしくね~」
ややおっとりとした口調のこの子は、さっちゃんの友達の
「ほのかせんせ、つぎはかなちゃんとさっちゃんをねらおうよ~。ふたりともうんどうしんけいいいから、つかまえたらきっとかてるよ~」
結衣ちゃんが次に狙いを定めたのが、同じくさっちゃんの友達の
さっちゃんと佳奈ちゃんは一緒に行動しているみたいで、結衣ちゃんの指示に従い二人を追い詰めてゆく。
「ふふふ~、おいつめたよ~。いっしょにおにになろうね~」
「……ゆい、あんた逃げるのは下手なのに何で追いかけるのは得意なのよ?」
「ほのか先生、幸の事みのがしてくれるよね?」
「ごめんなさい、こういう勝負で手は抜かないって決めているんですよ」
一瞬の間があり、佳奈ちゃんとさっちゃんが別々の方向に逃げようとする。
だがそれを察した結衣ちゃんが、佳奈ちゃんに手を伸ばし触れる事に成功した。
だけどその影響で、私の身体が結衣ちゃんの方に引っ張られた。
その隙に逃げようとしたさっちゃんだが、躓いてしまい転びそうになる。
このままだと危ないと判断した私は、必死に手を伸ばしさっちゃんの身体を引き寄せた。
「大丈夫ですか、さっちゃん?怪我していませんか?」
「……うん。えへへ~、幸つかまっちゃったね」
私に抱きとめられる形となったさっちゃんが照れたように笑う。
「もう、さちも私も捕まっちゃったじゃない!こうなったら全員捕まえるわよ!」
「うん、がんばろうね~」
こうして私とさっちゃん、佳奈ちゃんと結衣ちゃんのコンビに分かれて他の園児達を追いかけてゆく。
佳奈ちゃんは確かに運動神経が良く動きが機敏だ。
そして結衣ちゃんは動きそのものは速くないが、追い詰め方がとても上手い。
結衣ちゃんが追い詰め佳奈ちゃんが仕留めるという構図が上手く出来ていた。
一方で私とさっちゃんだが、さっちゃんも運動神経は良い方だ。
結衣ちゃんと一緒の時よりも速く動けるので、他の園児達をどんどんと捕まえた。
そして残り三十秒、残ったのはさっちゃんの友達の
周囲を鬼に囲まれてもはや逃げ場は無い。
「さあ追い詰めたわよ、かける!降伏するなら今のうちよ!」
佳奈ちゃんの勝ち誇った声に、翔くんがとった最後の行動は
「もはやこれまで。ならば最期はいさぎよく散るのみだッ!」
そう言って翔くんは私の方に向かってきた。
変化して逃げるわけでもなくそのまま抱きとめて、鬼側の勝利が確定した。
何がしたかったのだろうこの子は?と不思議に思っていたが
「は~い、翔く~ん。そういうのは茜先生許さないからね~」
私の胸の間に頭を埋めていた翔くんが茜先生に引き剥がさせる。
「ああッ!おれの、おれのおっぱいがッ!!」
「……かける、あんた最っ低」
「かけるくん、そういうのよくないよ~」
「もう、かけるくんは本当に『でりかしー』がないよね」
……え~と、翔くん?これは私のものだから、君のじゃないからね。
それと茜先生。私は気にしてませんので、あまり厳しいのは避けてくださいね。
あくまで子供のした事ですから。
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