第14話 従兄からの依頼
「君と同じ部署に橘ってのがいるだろう?すまんが色々とフォローしてやってくれないか。これは本部長としてではなく俺個人の頼みだ」
「……どうして私なのか説明してもらえます?それと本部長としてではないのなら、ここでは
「ああ。これは俺、渡辺剛志からほのか嬢への頼み事だからな」
私こと水本ほのかが渡辺本部長から食事に誘われて、このような頼まれ事をされたのは八月の半ばを過ぎた頃だった。
我が社の中でもやり手として知られている渡辺本部長は、会社の男性ランキングでも上位に入る人気者だ。
多分一緒に食事をしたと知られたら、多くの女性社員から羨ましがられる程には。
……まあ、私に限っては恋愛感情など全くない相手なのだけれど。
外見も野性味のあるハンサムだし、性格身長収入共に文句のつけようのない人ではあるが、私にとっては昔からの顔なじみの従兄なんですよね。
それに奥さんである千春さんの尻に敷かれているのも、七歳の娘である秋奈ちゃんにデレデレなのもよ~く知っている。
よって二人きりで食事をしたからといって、何かあるはずもないのだ。
「それでどうして私なんですか?同じ部署だし顔見知りではありますが、特別親しい訳ではないですよ」
「そうか。仲が良かったなら話が早かったんだがな。だったらあいつが抱えてる問題も知らないか」
「確か最近親族の方が亡くなられたんでしたっけ。それから精彩を欠いているようでしたけど」
「ああ。それでその親族、正確には姉夫婦の一人娘を引き取ってる。だが当然子育ての経験なんてないだろう。そのせいでかなり参ってるみたいでな」
「……事情は分かりましたが、私がフォローする理由が全く見当たりませんよ。それにどうして剛志さんが、そんな一社員に肩入れしてるのかもです」
本来、本部長の立場である剛志さんが関わるような案件じゃない。
よくて係長、課長クラスが気に留める問題だろう。
そんな私の疑問に剛志さんが答えてくれた。
「本来ならそうだ。だがその
「……正彦さんって、
「ああ。もっとも絶縁して婿入りしてるから橘正彦だけどな」
「……それでですか。私にそんな話をしたのは」
「理解が早くて助かる。こんな事を頼めるのはほのか嬢だけだからな」
まあ、碓井家が関わってくるなら確かに私が適任でしょうね。
「それで私は何をすればいいんですか?仕事のフォローって言ってもそんなに出来る事はありませんけど」
「いや、そっちじゃなくてな。一度橘の家にその娘の様子を見に行って欲しいんだ」
「生活面でのフォローですか?……私、これでも嫁入り前の娘なんですよ」
「それを承知で頼む!橘の奴なら妙な真似はしないだろうし、あいつが一番参ってるのはその娘が両親を亡くしたショックで落ち込んだままだって事なんだよ!」
……いや、でも、ねえ。
「そんなに大変なら他の親族に助けを求めたらいいんじゃないですか?何も橘くんが抱え込む必要はないでしょうに」
「……いないんだよ。その頼れる親族ってのが橘にも姪っ子にも」
「……剛志さん、それってどういう意味ですか?」
「橘の両親は駆け落ち同然に家を出たからそっちとは縁切れてるし、その両親ももう亡くなってる。そして正彦は碓井家とは絶縁してるから、あの二人にとってはお互いだけが血の繋がった親族なんだよ」
それはまた、何とも都合が悪いですねえ。
「でも非常事態じゃないですか。頼み込んででも碓井家に助けてもらえば……」
「絶対に無理だ。そもそも正彦が絶縁したのだって『どこの馬の骨とも知れない娘が碓井家に嫁入りしようだなんておこがましい』って言われてブチ切れたからだぞ。血が繋がっていようが親族だなんて認める訳ねーよ」
「……何やってるんですか。あの人達は……」
あ~、でもあの正彦さんが怒るって相当ですね。
凄く器の大きい人だったから、怒っているところなんて見た事なかったし。
「……は~、分かりました。橘くんとも話して一度だけ様子を見に行きます。それでいいですか?」
「感謝する。その報告次第で俺が出来る事をするからな」
「剛志さん、正彦さんと仲良かったですもんね」
「ああ。末っ子の俺にとっては弟同然の奴だったよ。……何であの碓井家にあんな奴が生まれたのかは謎だったけどな」
「それに関しては同感です。祖父母、両親、兄達にも全く似てないですしねえ」
「本人に聞いたら『綾音と出会ったからですね。彼女の高潔な生き方に憧れを抱いたんですよ。そうでなければ僕だって碓井家に毒されていたと思いますよ』って言ってたな。……凄いよな。あの正彦にそこまで言わせるんだぜ」
うん、それは本当にそう思う。一度その綾音さんとお話してみたかったな。
「あの、ちなみにうちで橘くんを採用したのってそれが関係してるんですか?」
「いいや。本人は正彦から勧められたそうだが、採用したのは単純に優秀だったからだ。うちの会社が縁故採用しないってのは知ってるだろ?」
「まあ、確かに物覚えも早いし気遣いもできますしね」
「そういう訳だ。俺の為にも会社の為にも、ここは一つ頑張ってくれ」
そういう剛志さんに
「今回だけですからね。あまり深入りすると父様と母様に何言われるか分かりませんから」
と答えたのだった。
この時の私は全く想像もしていなかった。
まさか深入りどころではない程、公平くんとさっちゃんに関わる事になろうとは。
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