第21話 巴来訪
『ねえ、ほのか。早く開けてくれないかしら?』
「待ってください。すぐ開けますから」
母様に言われてすぐにロックを解除する。
少ししたら部屋のチャイムが鳴らされたので、ドアを開けると
「久し振りね、ほのか。元気そうでなによりだわ」
「はい、お久し振りです母様。それでいきなり訪問とはどうしたんですか?」
「ん~、ちょっとね。それより部屋に上がってもいい?」
「……人と会う約束があるので短めにお願いしますね」
こうして母様がやって来たのだった。
「う~ん美味しい。腕は落ちてないみたいね」
「まあ、定期的に淹れてますから。それより、今日はどうしたんですか?」
紅茶を飲んでくつろぐ母様。
久し振りに会えて私も嬉しいのだが、橘家に行く時間が迫っている。
出来れば早めに要件を言ってほしい。
「そうね。一応注意だけしておこうかと思ってね。……ほのか、嫁入り前の、それも水本家の娘が通い妻のような真似をする意味が分からない訳じゃないわよね」
……母様の言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
「……母、様」
「まだあの人には知られていないから安心しなさい。けど、いつまでも隠し通せないわよ。このまま続けてたら、最悪連れ戻されても文句言えないからね」
「……剛志さん、ですか?」
「ええ。でも剛志くんを責めるのは筋違いよ。彼が頼んだのは『姪っ子の様子を一度だけ見に行く事』でしょ。それ以降の事は全部貴女のわがままだもの」
……分かっている。でもあの時の公平くんを、さっちゃんをあのまま放っておく事なんて私に出来るはずがない。
「今止めるのなら黙っておいてあげる。けど、もし続けるって言うのなら流石に報告せざるを得ないわ」
どうするの?と目で語りかけてくる。
……そんなの、最初から答えは決まっている。
「止めません。このまま同じ様に橘家に通います」
絶対に譲るつもりなんてない。
その意思を込めて母様と目を合わせた。
「……脅しで言ってる訳じゃないのは分かってるわよね?」
「はい。むしろ母様の忠告はありがたく思います。でも止める訳にはいきません」
「碓井家が絡んでるから?それなら私が抑えるわよ」
「……最初の動機はそうでした。でも今は違います。私が、私自身の意思でそうしたいからやっているんです。……公平くんの、さっちゃんの力になりたいんです」
きっかけはそうだったかも知れない。けど、今の私がそうしたいのは
「公平くんとさっちゃんの事が好きなんです。私は、あの二人に幸せでいてほしいんです」
「……それで連れ戻されたらどうするのよ?そうしたら行けなくなる事に変わりないでしょうに」
「もし実家に連れ戻されるというのなら、その時は……」
覚悟を決めろ。中途半端な気持ちで母様を納得させられるはずがない。
「水本家を出ます。そして橘家に居候させてもらえるようにお願いします」
その言葉を聞いて、母様の表情が険しいものに変わった。
「……本気で言ってるの?その公平さんとは恋人同士では無いんでしょう?」
「本気です。迷惑かも知れませんが、せめてもう少し、さっちゃんが立ち直るまでは傍にいたいんです」
「……私には、その二人には貴女がそこまでする価値があるとは思えないのだけど」
その言葉を聞いて、私の中のスイッチが入った。
「二人と会った事がない母様に何が分かるんですか!公平くんは他人の為に頑張れる優しくて素敵な人です!さっちゃんだって、ご両親を亡くして悲しくて辛くても必死に頑張ってる良い子なんです!二人の事をよく知りもしないで、悪く言うのは止めてください!!」
母様の印象を良くしたいのであれば、決してやってはいけない行動だっただろう。
だが、私はどうしても我慢できなかった。
公平くんが、さっちゃんがどんな思いで頑張り、お互いを支え合ったのかを知る私には、母様の言葉は到底見過ごせるはずのないものだった。
「撤回してください、母様。その言葉は二人を知らない人が言っていい言葉じゃありません」
「……そうね。確かに貴女の言う通り、知りもしないで評価は出来ないわよね」
そう言った後、母様はとてもいい笑顔でこう言ったのだった
「それじゃ、その二人に会いに行きましょう。さ、早く準備しなさい。元々行く予定だったんでしょ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえねえ、こうちゃん。ほのちゃんどうしたのかな?」
「いや、俺にも分からない。遅れるなら連絡くらいあるはずなんだけどな」
時刻は丁度正午。いつも来る時間よりも三十分遅れている。
遅れそうなら一報くらいはあるはずなんだが、何故かそれもない。
昨日見た限りでは、急な病気という事もないだろう。
「……ねえ、こうちゃん。ほのちゃん本当に大丈夫かな?」
幸が不安そうに尋ねてくる。
多分両親の事故の事を思い出したのだろう。
「大丈夫だよ。……でも、もう少し待って来ないようなら電話してみような」
「……うん」
そんな話をした直後だった。
玄関のチャイムが鳴らされインターホンから
『すいません。遅くなりました』
というほのかさんの声が聞こえた。
それを聞いた幸は、笑顔になり玄関に駆け出していった。
「こら待て、幸!嬉しいのは分かるけど走るんじゃない!」
当然、そんな言葉で止まるような幸ではない。
仕方なく急ぎ足で玄関に向かうと、幸がロックを解除しているところだった。
そしてドアが開かれると
「えへへ~、いらっしゃい、ほのちゃん」
「いらっしゃいませ、ほのかさん。いつもの時間に来なかったから心配して……」
言葉が続かなかったのは、ほのかさんの後ろにもう一人女性がいたからだ。
ドアを開けてほのかさんに抱きついた幸には見えていないようだな。
外見的に三十歳前後だろうか。どことなくほのかさんに似ている気がする。
その女性は俺を見て微笑んだので、軽く会釈を返しておいた。
とりあえずこのままでいても話が進まないので
「あの、ほのかさん。そちらの女性はどなたでしょうか?もしかして、ほのかさんのお姉さんとか……」
俺がそういうと、ほのかさんは疲れたような顔になり、女性の方はとても嬉しそうにほのかさんの背中をバシバシ叩いて
「ほのか、ほのか!お姉さんだって!何よ、すっごい良い子じゃないの!」
「……そうですね。それは良かったですね、母様」
と話していた。
……ん?母様?誰が誰の?
困惑する俺を尻目に女性が自己紹介を始めた。
「いつも娘がお世話になっています。ほのかの母の水本
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます