第43話 婚約了承
「こ、婚約者だと。……貴様、どのような弱みを握ってほのかさんを脅したのだッ!そうでなければ、貴様の様な下等な人間が『水本の姫』の婚約者になどなれるはずがないだろうがッ!」
「……そういう目でしかほのかさんを見ていないから、お前は駄目なんだよ。お前には悪いが、俺にとって『水本の姫』かどうかは重要じゃないんだ。ほのかさんだから惚れたんだし、結婚できるんなら財産はいらない。欲しいのはほのかさんという女性だけだ」
俺の言葉に、信じられないようなものを見る目を向けてくる。
まあ、そうだろう。『水本の姫』が、その権力と財産が欲しい人間にとっては俺の言い分など欠片ほども理解出来ないだろうな。
「本気ですか!このような得体の知れぬ男が婚約者?そんな事がまかり通れば、水本グループの結束はどうなりますか。お考え直し下さい!」
優一は必死に訴えるが、こいつの本心は水本の人達にはバレバレだ。
こいつが欲しいのはほのかさんじゃなく、『水本の姫』だ。
その権力、財産、人脈が欲しいがこいつと、ほのかさん本人がいてくれるのなら何もいらない俺とでは、その価値観が合うはずもない。
「そもそもこの男は私を悪し様に罵ったのですよ!そのような品性下劣な人間が、ほのかさんを妻にしようなど思い上がりも甚だしいのだ!」
なおも俺を貶め、いかにほのかさんに相応しくないか熱弁する優一だったが
「……遥、お前はこの二人の言い合いを聞いていたのだったな。どの様な内容だったのだ?」
「そうですね。確かあの時は……」
頼彦さんの問いに遥ちゃんは、あの時の会話を一字一句余す事無く再現した。
……凄え。よくあの一瞬で会話を記憶してたな、遥ちゃん。
「……なるほどな。それだけ聞けば、どちらか一方だけに非があるとは言えぬな」
頼彦さんがそう判断すると、優一は嬉しそうにしたのだが
「お待ち下さい、旦那様。私共が二階に上がってからの会話が抜けております。それも踏まえた上でご判断下さい」
真田さんが二階に上がる途中から、俺と優一が出会い、幸を見つけて反論されるまでの内容を伝えた。
それを優一は『嘘だ』『出鱈目だ』と騒いでいたが、頼彦さんに一喝されて黙るしかなかった。
「ふむ。どうだ公平くん。真田の言う事に間違いは無いか?」
「概ねその通りかと。付け加えるなら真田さんは職務に忠実で、そいつ相手でも感情的にならず対処されてたと思いますよ」
「お父様、私が聞いたのはさっちゃんが言い返したところからですが、発言の内容やその人の言動から考えても、大きく間違っていないはずです」
「もう一つだけ付け加えさせてください、旦那様。橘様は、最初自身やお姉様を侮辱された際は我慢なされました。その後騒ぎとなったのは、ひとえに幸様の為にお怒りになられたように感じました。何卒、そこをご留意下さいませ」
俺の回答の後に遥ちゃん、真田さんも助け舟を出してくれた。
「お待ち下さい!これでは私が嘘を吐いている様ではありませんか!私は誓って真実しか口にしておりません。口を揃えて嘘を吐いているのは向こうです」
優一も必死で弁明するが、いいのか?そんな事口にして。
「……なるほど、つまりお前は妹が嘘を吐いていると言うのだな?」
「へ~、そうなの。遥、貴女嘘吐いてまで優一の事貶めたかったの?」
「ありえません、お兄様、お母様。水本の名にかけて嘘など口にしていません!」
「……だそうだけど、そうでなければ私の婚約者か、うちの使用人が嘘を吐いている事になりますね。どうなんですか?公平さん、真田?」
「嘘は言ってません。言い争いに関しては、売られた喧嘩を買ったって認識ですね。
……まあ、買った時点で俺に非がないとは言いませんけど」
「私も誓って嘘は言っておりません。必要であれば防犯カメラの映像を確認されても構いません」
頼彦さん以外の水本家の面々に俺、真田さんまでも加わり反論する。
つーか、分かれよ。遥ちゃんはもちろんの事、俺にしても真田さんにしても嘘吐きに仕立てたら、それは『水本家』に喧嘩売ってるんだって事を。
「……優一。騒ぎを起こした事自体は、お前に責められるべき点は多いが双方に非があると儂は思っている。だがな……」
頼彦さんはそこで一度言葉を切り、優一を睨みつけた。
「保身の為に我が家の客人を、使用人を、娘を嘘吐き呼ばわりするとは何事かッ!」
「い、いえ!違うのです、これは……」
「言い訳など無用だ。それに気に食わぬ点ならまだある。お前は『碓井家』の力を使いその二人を潰すと宣言していたな。個人的な感情でそのような真似をする事を儂が許すとでも思っているのか?恥を知れッ!」
「……申し訳ありませんでした。反省いたしますので、何卒ご容赦を」
「明日の昼、両親も連れてこい。『渡辺』『坂田』『卜部』も同席の上で親族会議を開く。その場で正式にほのかの婚約発表も行う。これは決定事項だ。帰って伝えよ」
「~~ッ!畏まりました。本日はこれにて失礼致します」
そう言い残し、優一は立ち去っていった。
奴がしっかり遠ざかったのを確認して、巴さんが頼彦さんに声をかけた。
「婚約者って言い切っちゃって良かったの?少し様子を見るって言ってたのに」
「……仕方あるまい。ほのかが勝手に紹介してしまうし、恋人程度ではあやつも引き下がらんだろうしな。全く、出会ったその日に婚約させるとは思っていなかったぞ」
「まあ、どっちにしても時間の問題だったと思うよ、僕は」
「そうですね。お姉様が他の方と一緒にいる姿は、もう想像出来ませんから」
緊張した雰囲気も解けて、和気藹々と話している。
そんな中、頼彦さんは俺の方を向いて
「公平くん。君にも色々と言いたい事はあるが、こうなったからには婚約を認めざるを得ない。……ほのかを頼む。幸せにしてやってくれ」
と、頭を下げられた。
それに応えるように
「はい。俺に出来る精一杯でほのかさんを幸せにします。絶対に今以上に幸せにしてみせます」
俺も頭を下げたのだった。
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