エピローグ③

 ミロクが出立してからしばらくして、ウェストヒルズは早くも普段の賑わいを取り戻していた。

 新たに大司教が就任したということで、地母神の神殿は普段以上の賑わいをみsている。

 その執務室、グレースは度重なる謁見に辟易しつつ、煙管に火蜥蜴サラマンダーの火を入れる。

「どいつもこいつも、おべっかばっか使いやがって。そんなにアタシの御墨付が欲しいかねぇ」

「まぁ仕方ないですよ、この街で二人目の大司教アークビショップです。正義なる至高神様の神殿から御墨付をもらえなかった商人や、敵対してしまった商人は少なくないですから……」

 リーアスは苦笑しながら巻物スクロールの束を片付ける。

「とりあえず、情報の裏取りはユリちゃんが、力に対しては僕がなんとかしますから……そういえば、なに読んでるんです?」

 グレースは生返事を返してから、その内容を読み上げる。

「試練の獣。どこからともなく現れ、関わるものに厳しい試練を与え、成長を促すとされる。人懐っこく、見た目も可愛らしいため、自ら手放そうとすることは少ない、ねぇ……」

「まさか!」

 ふたりとも、あの毛玉のような奇妙な生き物のことを思い浮かべていた。一大事を引き連れてきたのは、あの竜人でも、企てをしていた魔族でもなく、あの謎の生き物だったのではないか。

 グレースは紫煙を溜息と一緒に吐き出して、本を閉じ高価なそれを乱雑に放った。

「ま、そうだったらそうだったでいいんじゃねぇの?乗り越えたんだし。成長はした。のかなぁ……?」

「いい方向には行ったんじゃないですか?」

 リーアスは本を心配しながらそう答える。幸い、破損はなさそうだ。

「大司教様は言わずもがな、僕は自由騎士から正式に教会付きの聖騎士になった。傭兵団のみなさんやスィダーさんもよくやってるみたいですし、フィサリスさんの歌も流行ってます」

「実感ねぇわ。肩書ばっか偉くなっても、昨日の今日でそうかんたんに変わるわけもなし」

「大司教様は礼儀作法も学ばないと……」

「うるせぇよ」

 グレースは最後に一息吸うと煙管の灰を捨て、どこにいるともしれない鱗のついた友人のことを想う。あの毛玉に振り回されているのだろうか、それともどこかで野垂れ死んでいるか。

 あいつに限っては後者はありえなさそうだが。

「あいつらが行ってからこんな本が出てくるんだもんなぁ……」

 少なくとも、あの男にとっては試練は終わっていないのだろうか。

 そうだとすれば、これからどんな目に合うのやら。

「ま、せいぜい頑張れよ。祈ってるぜぇ」

 この祈りを彼らに届けるように、青空に煙が溶けていく。

 宗派は違うが、風なる交易神はきっと願いを聞き入れてくれるはずだ。

 さぁ、休憩はおしまい。仕事の時間だ。生きてるならまた巡り合うだろう。

 世界は広いが、世間は意外と狭いものだ。


 第一部:竜魔激突 完

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竜と毛玉の異世界放浪記 錨 凪 @Ikaling_2316

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