はじまりの街の話②
商人ギルドはその名の通り商人同士の相互補助組合だ。
流通の帳尻を合わせたり、商品や人足の融通をしたり、あるいは金銭そのものをやり取りしている。
そのやりとりに聞き耳を立ててみれば、何度も同じようなやり取りが繰り返されているのがよく分かる。
物品のやり取りは信用が物を言う、言葉尻一つでも気をつけなければならないのは仕方がないことだ。
やれ物価がどうだの、商品の品質がどうだの、為替がどうだのと行った細かいやりとりをしているがはミロクにとって興味はない。
全ては荷物を運んで、それ相応の対価を貰えればそれでよい。
だからといって彼らの仕事を蔑ろにしていい道理はなく、声を上げて批判するなど以てのほかだ。
何がいいたいかといえば、つまるところ待ち時間が退屈だった。
なんの手違いがあったのかは知らないが、喧々諤々のやり取りが交わされている。
手持ち無沙汰の欠伸混じりに毛玉をこねくり回していると、横から声がかかる。
「兄ちゃん、何処から来たね」
その退屈は他の運び屋も同様で、その手慰みもあってこうやって情報のやりとりをすることはよくあることだった。
たっぷり髭を蓄えた歴戦の戦士の風格すらある
その程度の修羅場は、お互い何度も乗り越えているというものだ。
「我は西の方から、塩を運んで参った」
「ほう、つーことは岩塩か。その細腕じゃあ重かったろ」
これみよがしに力こぶを作ってみせる彼の腕はたしかに丸太のように太い。
見せかけだけでないのはそれこそ見ただけで分かるというもの。
こればかりはさすがのミロクも肩をすくめるしかなかった。
「ふはは、しかしてこの程度、修行にもならん」
だからといって強がりの一つも返せないようでは面子も潰れるというもの。
軽い軽いと言わんばかりに木箱を揺すってみせる。
「ほう、
「まだ未熟であるがな、そちらは?」
「儂ゃあ東の港から酒を運んできた、中々に上物の
彼は脇に置かれた自らよりも大きな樽を叩いてみせた。
そんなものと比較すれば、たしかにミロクの運んできた岩塩の木箱など軽いものだ。
「おやおや、盗み飲みは感心しませんなぁ」
「たわけ、洞穴族は匂いで酒の善し悪しがわかるっつーもんよ」
お互い、侮蔑にも似た軽口を叩くが、そこにお互いに尊敬が含まれている。
洞穴族の運び屋もその巨体からくる怪力を分かっているし、ミロクも洞穴族が酒と製鉄に関して誇り高い種族であることを知っている。
それ以上に、他人をけなしても自分が上に立てるわけでもない事をよくわかっている。
だからこそ、それが冗談足り得えているというわけだ。
貶されて腹をたてるようでは運び屋としては二流というのが、運び屋の文化だ。
「それにしても、なんじゃいそりゃ。非常食か?」
「ぷぃ?」
「いや、拾い物だ。我にも全く見当がつかぬ。貴殿にも分からぬか」
「儂もこの仕事は長いが、港とここを行き来するだけでな」
謙遜をするものの、ミロクは港で扱う品が多種多様、それこそ動物や奴隷等が扱われることもよく知っている。
そんな彼が知らぬというのだからこれはよっぽど珍しいものなのだろう。
「ふーむ……一体貴様は何なのだ」
そう聞いて返事をしてくれれば楽なのだが、そうもいくまい。
毛玉はぷいぷいと手のひらの中で呑気に鳴いているだけだ。
かたや大柄の竜人、かたや歴戦の洞穴族が額を突き合わせてあーでもないこーでもないと行っている様は端から見て気になるものだ。
その中心にいるのが謎の生物であるならば尚更というもの。
「ちょっと見せてもらえるかな?」
割り込んできたのは長身の美丈夫、背負う大弓を見れば
笹葉の耳を見ればその種族など言うまでもない。
「おー、偏屈な
彼の言う通り、森林族というものは極めて長命の種族だ。
さすがにそこまでではないにせよ、彼も年齢相応には見聞が広いのだろう。
「ふ、洞穴族は洞窟からでてこないから見聞が狭いのだ」
ミロクの手から毛玉を受け取った狩人はしばらく手の中でもふもふといじくり回していたが、その表情は喰らい。
「うーむ……」
「なんじゃい。わからんのか」
「この世界、生き物の種類は数万とある。人工的に作られた
「つまり知らんのか」
「うるさい!」
それを皮切りに喧々囂々の言い合いである。
古くから森林族と洞穴族は中が悪いのはいまさら語るまでもない常識である。
わざわざ割り込む者はないが、賭けの胴元を始めるものが出始める。
「兄さんはどっちに賭けます?」
「では、我は洞穴族の翁殿に賭けるとしよう」
順番待ちの退屈しのぎは、もうしばらく続きそうだった。
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