はじまりの街の話③

 喧嘩の喧騒も一入高まってきた頃、漸くミロクの手番が回ってきた。

 本来の荷物である木箱満載の岩塩や、この街から出て帰ってきてしまった荷物は受け取ってもらえたものの、問題は全て解決したわけではない。

「悪いが、流石に何ともわからんものは引き取れんよ」

「ぷい?」

 つまり、そういうことだった。

「うーむ……」

「確かに珍しい生き物だが、何を食うかもわからん、どう世話するかわからん、そんなもんを売るわけにはいかんよ」

 受付の言うことも最もだ。自分の扱った商品に責任を持てないようでは信用に関わる。

 好事家の貴族なら買うかも知れないが、それで万が一があればことだ。

 好機チャンスを逃さないのも商人だが、危ない橋を見極めるのもまた商人というものだ。

「これは置いておくとして、馬はきちんと引き取ってくれるのだろうな」

「あぁ、それはもちろん。こんないい馬を逃す手はねぇ」

「一応、簡単に治療はしたが血を流している。しっかり養生させてやれ」

「もちろん。それじゃあ、報酬を用意するからもうちょっと待ってな」

 受付がカウンターの奥へ消えた頃、背後で歓声が上がった。

「おや、終わったかな?」

「あぁ、兄さんの勝ちだよ」

 と、いうことは洞穴族ドワーフの運び屋が勝ったのだろう。

 流石に歴戦の森林族エルフであろうと、真っ向からの殴り合いで力自慢の洞穴族に勝てる道理はない。

 流石に配当は倍を超えることはなかったが、小遣いには丁度いいというものだ。

「どれ、癒やしますかな?」

「この程度、儂ゃあ慣れとるわい!」

「ふ、不覚……」

 お互いに顔を腫らして血を流しているが、お互い熟練ベテランともあってなかなかに頑丈タフだ。

「ふはは、結構結構」

「つーか、お前さん。結局それは引き取ってもらえんかったのか」

「うむ、飼い方のわからんものを引き取るわけにはいかぬと言われてしまった」

「まぁ、妥当だな」

 整った顔立ちはどこへやら、腫れた頬を撫でる狩人はなんとか苛立ちを抑えている様子だった。

「癒す必要はありますかな?」

「いや、私にも術の心得はある。心配しなくとも大丈夫だ」

「お前さんあんだけ殴ってやったのにもう立てるのか!」

「私とて歴戦の狩人だ。運び屋相手にいつまでも寝ていられるか!」

 もう一戦始まるかと言わんばかりのにらみ合いだが、これ以上商人ギルドに迷惑をかければつまみ出されてしまう。

 ここは割り込んだほうが良いだろう。

「まぁまぁ、二回戦はまた後ほどにして、貴公の番ではないか?」

「おっと、そうみたいだな。そこな洞穴族!覚えていろ!」

 狩人が戻る先には、一見して熊と見紛うほど、いや、それ以上に巨大な大猪ジャイアントホッグが横たわっていた。

「なんとまぁ、大口叩くだけのこたぁあるわい」

 これには流石の洞穴族の運び屋も日に焼けた顔を青くして身を震わせてた。

「ふはは、弓の間合いでなくて良かったですなぁ……」

「そいつぁ否定できん……」

 種族の仲は悪くとも、認めるべきところは認めなければそれこそ命をかけた勝負になりかねない。

 いくら豪胆な彼とて、あの巨大な猪を仕留める弓を受けて無事で済む道理はあるまい。

「おーい、運び屋の兄ちゃん、ちょっといいかー?」

「呼ばれとるぞ」

「うむ、それでは」

 二人と別れてギルドから金を受け取ると今日のところの用事は終わりだ。

 次の仕事を受けるのは明日でも遅くはない。

 今日のところは宿屋で一休みでもして、英気を養うとしよう。

 宿屋には酒場が併設されている。

 ならばもしかすると流れの吟遊詩人バードあたりがこの毛玉についてなにか知っているかもしれない。

 商人ギルドを出るともう日は傾き、影が長く伸びていた。

「お前も腹が減っておるだろう、飯にしようぞ」

「ぷい」

 そういえば今までなにも食わせていない。

 こういう生き物は丸一日食べないだけで餓死すると聞いたこともあるが、今のところ弱っている様子はない。

 大通りを歩いて、なにか気にするようであれば買ってやるとしよう。

「野菜はどうだ?」

 この辺りでは農業が盛んなのだろうか、露天には様々な野菜が並んでいる。

 穀物や根菜が多いが、土壌が良いのだろう、夕刻であるにも関わらずどれもみずみずしく豊かに実っている。

 これは酒場の食事も期待できるというものだ、が……。

「ぷい」

 顔を背けている。気に入らないようだ。

「ふぅむ。好き嫌いは体に悪いぞ、ならば果物はどうだ」

 果物もやはりというべきか、色艶もよく手にすればずっしりと重たい。

「ぷい」

 これは気になるのか、すんすんと鼻を鳴らしている。

「すまない、一つもらえるか」

「あいよ、小銅貨で3枚だ」

「おや、思ったより安いな」

 受け取った大ぶりの果実を毛玉に差し出してみると、少し鼻を鳴らして小さな口でかぶりついた。

 どうやら果物は食べるらしいが、連れ回すには面倒だ。

 新鮮な果物など総用意できるものではない。干したものでも食べてくれるとよいのだが……。

「いやぁ今年は豊作でね、新しく来た錬金術師殿が良い肥料を作ってくだすったんだ」

「ほう、それは良い」

「まぁ取れすぎるのも困りもんでね、こっちじゃあ食べ切れんだろうから近いうちに中央に売りに出すんでさ」

 この辺で中央といえば、交易都市ウェストヒルズだろう。

 この国だけでなく、多くの国の人間が行き交うウェストヒルズならばこの毛玉についてもなにかわかるかもしれない。

「ほう、では一枚噛ませてもらうとしよう」

 次の目的は荷運びのついで、辺境中央ウェストヒルズにするとしよう。

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