中央への道⑨
「リーアスさんたち、大丈夫かしら」
ミロク達が野盗と相対している一方、
決死の足止めの甲斐もあってかか、追いかけてくる影は一つもない。
ここまで離れれば維持し続けなくとも大丈夫かとフィサリスは演奏の手を止める。
長い間弦を弾き続けていたせいでその指には若干の痺れが感じ取れた。
今の所別働隊の襲撃はなく道行きは順調だが、兵力が大きく削がれている今油断は禁物だ。
だからといって殿を務める歩兵隊とリーアス、ユリ、そしてミロクの安否を気にするなというのはとても酷なことだ。
しかし、ただ一人、スィダーは平常道りの冷静なものだ
「あぁ、大丈夫だろう。ミロクがいるからな」
「あいつってそんな強いの?」
「正直言って化け物だ」
スィダーはあの夜、酒場で起きた出来事を思い出し、思わず震える肩を抱く。
空間そのものを焼く焦熱、人間が一瞬で燃え上がり、
その悪寒は、恐怖は、数日経っても拭われることはない。
ただの一瞬で人の群れを火の山にしたあの化け物が、あの程度の野盗など物の数ではない。
「それよりだ、おいスィダー。お前狩りに行ったとき気づかなかったのか?」
グレースの言い分も最もだ。あの規模の集団を夜のうちに用意するのは容易ではない。
妖術師が向ける目も厳しいもので、針のむしろとは正にこの事だ。
「私が見に行った時は居なかった。信じてくれとは言える立場ではないのは承知だが、信じてくれとしか言えん」
「あら、私は信じるわよ?」
そこに助け舟を出したのはフィサリスだ。
「なんでサ。同族意識?」
「ウェヒヒヒ……あんなわんさか人が居たら獣なんて一匹も捕れないわよ」
「あー……」
言われてみればその通りだ。あれだけの人数が森の中にひしめいているのならば代わりに獣が追い出されるというもの。
そこから獣を狩ってくるのはいくら熟達の狩人であろうと無理がある。
「そもそも、内通者でもアタシの『
「構わん、状況が状況だ」
「そう言ってもらえると助かるワ」
疑心暗鬼になっても仕方がない。自分の術、いや神の奇跡を疑うことはできない。
だが、あの数で夜襲を仕掛けなかったのは、『聖域』のことを知っていたからではないかという疑念を拭い去ることができなかった。
「そう言えば、敵意がないやつとか最初から内側に居たりすると結界に引っかかることはないの?」
「敵意がないなら引っかからないけど、内側にいてもきちんと引っかかるね。結界は広がるようにして展開するから押し出される」
「便利ねー」
雑談を交わしていると、馬車が歩みを緩め始める。
「止まるのか?」
「流石に飛ばしすぎて馬がバテそうだ。野営地も近いし、一旦休ませようってな」
御者がそう言って指差した先には、焚き火の煙が細く伸びているのが見えた。旅人か、あるいは運び屋が休憩でもしているのだろうか。
「それに、こんな速さで走ったんじゃあお嬢様ももたねぇだろ」
「違いないか」
未だ顔も見たこともないお嬢様の様子を想像し、グレースはほくそ笑む。
なんせ馬車の揺れときたら洪水の最中たらいに乗って川を流されているような揺れ様だ。
たとえ傭兵たちの乗るものより一回りも二回りも上等な作りの馬車だろうが、その揺れを吸収し切るほどではない。
「できれば、その野営地で一晩明かしたいところだな」
「うんうん、ここならまだ殿組も合流できるだろうし」
妖術師もそれに賛同だとばかりにこくこくと頷いている。
「そういえばコットンちゃんは?ついていっちゃったのかな?」
「あー、そう言えばいないな。ま、ミロクに任せときゃなんとかなるだろ」
「あぁ、たとえ片手でも
「そんなにやばいの?あいつ……」
フィサリスは職業柄、武勇伝や冒険譚、英雄譚をよく耳にする。
その中でも有名な題材は何かと聞かれたら大抵の吟遊詩人は
妖巨人や食人鬼はまさにその
それを一捻りというならば、太古の大英雄に語られる剛力の益荒男や、あるいは遍歴の騎士に相応する大英雄ではないか。
しかし、そんな生ける大英雄の話を聞いたことがないのは吟遊詩人として不思議だった。
そんな実力者が詩にならないほうがおかしいのだ。
「普段は実力を隠してるのかしら……」
「いや、違うね」
「なんでよ」
「そんなの、誰が信じるのサ?」
「あぁ……」
龍の息を吐き、妖巨人や人食い鬼をねじ伏せる、異形の渡りの運び屋。
長く伝えられているおとぎ話ならともかく、実在する英雄の喧伝を詩にする場合、存在すら疑われるものを題材にするには骨が折れる。
「じゃあ、私が詩にしちゃいましょう!」
「大丈夫なのか?」
「なんでよ」
「お前は歌唱はともかく、作詞の才能はないだろ」
歯に衣着せぬスィダーの言葉に、フィサリスは顔を真っ赤にして抗議を始めるのだった。
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