竜魔激突

竜魔激突①

 大地母神の神殿は普段からは考えられないような数の人でごった返していた。特にその大聖堂にはウォルターの伝手で他の神殿から神官を集めたこともありぎゅうぎゅう詰めで息も苦しい。

 その中央には、ついさっき切り出された世界樹の枝と、年老いた洞穴族ドワーフの職人が対峙している。

「まさか、世界樹を彫ることになろうとは、長生きもするものですな……」

「助かります。それではお願いします」

 彼はこの街で指折りの職人である。彼が呼ばれたのはこの枝から、祭具となる杖を作成するためだ。無論、ただ彫るだけでは祭具ではなくただの木工細工。それを祭具たらしめるだけの祈りを捧げるのがこの大人数の神官というだけだ。

洞穴族ドワーフの職人の名にかけて、最善を尽くしますぞ!」

 大聖堂の中央では幾人もの神官が取り囲む中、斬り落とした世界樹の枝に力強くのみが入れられる。これよりありがたいだけの只の枝は職人の手によりありがたい祭具へと生まれ変わる。おそらく日没までには間に合うだろう。

 その様子を見送ったグレースが大聖堂をそっと抜け出して応接室に戻ると、その中央にはミロクが目を閉じ、座禅を組んでいた。

「こっちは順調そうだ、てか何やってんだ、瞑想か?」

 声がかかったミロクは目を開けるとにやりと笑みを浮かべる。

「まぁ、そのようなものだ」

 立ち上がり膝の埃を軽く払うと懐から取り出した煙管に口元から小さな火種を零すと、たちまち独特な奇妙な香りの紫煙が浮かぶ。グレースにはそれが何らかの薬効を持つ煙だと即座に理解した。何をやらかすつもりかはわからないが、今はこの男の底しれない実力に全てを任せるしか無い。

「今の火の粉、もしかして『龍の息吹ドラゴンブレス』かよ、器用なことするなお前」

「ふはははは、妖術師殿の結界はどうですかな?」

「まぁなんとかなったよ。街中の術者をかき集めるなんてメチャクチャなことよくできたな。伝手でもあったのか?」

「金は弾みましたからなぁ……我よりも金子の方がよっぽど信頼がある故」

 ミロクはすっかり薄くなった財布の入った懐をわざとらしく叩いてみせる。

「結構金持ってたんだなお前」

「ふはははは、古今東西、ドラゴンというものは財宝を溜め込むものである故に。かといって溜め込めば金とて腐りますからなぁ、使うところでぱっと使わなければなりませぬ」

「アタシが言うのもなんだけど、本当に修験者かお前……」

「いかにも」

 煙を吹かせるミロクの只でさえ巨大な体格が、さらに一回り大きくなったように見える。また、血管が浮き出て、目は血走っている。まさに怒れる龍のようで、グレースは思わず身震いした。

「本当に、一人でやるのか?」

「うむ、だから皆には、襲いくる悪魔と、から街を守ってくだされ」

 ミロクがグレースに頼んだのは、出来得る限り街にかけられた『聖域サンクチュアリ』の呪文を強化すること。妖術師に頼んだのは、街を覆うほどの巨大な防御結界を張ることだった。それも全て、街への魔族の侵入を拒むため、また、本気を出したミロクの超高熱から街を守るためだ。

「それと、我が戻るまでこの毛玉を頼みましたぞ」

「ぷい」

 手渡された毛玉を、グレースはそっと抱きとめる。てっきりいつも通り撫で回されるのかと思っていたらしい毛玉は渋い表情を浮かべていたが、それがないとわかると機嫌を治したようでぷいぷい鳴き始めた。

「戻るまでって、まじで勝つつもりでいるんだな」

「ふはは、当然、万が一の保険も打っておいた故」

 相手は悪魔、多勢に無勢、援軍はミロクの性質上不可能。どう考えても絶望的な状況だが、この男は気楽なものだ。なんらかの秘策があるようだが、この様子だとはぐらかされて終わるだろう。

「お前もいい子にしているのだぞ」

「ぷい」

 大きな掌に包み込まれるようにして撫でられた毛玉は、それに縋り付くように頬ずりをした。まだ短い付き合いだが、なんだかんだで信頼関係はたしかに出来上がっていた。

「ぷいー」

 ミロクが手を離すと、今度はグレースに甘えるようにして鳴き声を上げ始めた。

「んー?どうちたんでちゅかー」

「腹でも減ったのだろう。何か食わせておけば良いでしょうや。コイツは良く食う故、我が財布も預けておくが……無駄遣いはしなさるな」

「期待すんなよ」

 金遣いが荒いグレースに財布を渡す手が一瞬躊躇するが、これくらいは信用してもいいだろうと結局手渡すことにした。

「そうだ、妖術師の所にも行っておけよ、あいつもあいつで心配してたからな」

「そうしましょう。それでは……お互い、最善を尽くしましょうぞ」

 大きくなった体格のせいで扉をくぐる際に角を引っ掛けそうになるミロクを見送りながら、グレースは毛玉を抱きかかえる。

「ぷい」

「いや、心配はしてねぇよ」

 あいつのことだし、なんだかんだで無事に帰ってくるのだろう。

「んじゃ、アタシも準備しないとなぁ……」

 最善を尽くす。アタシは最善を尽くせているだろうか。神官として、教えを広めることのために奔走してきた。いますべきことは、神殿を、街を守ること。ならば、それ相応の準備をしなければならない。

 グレースは踵を返して神殿の中へと入っていった。お互い、最善を尽くそうぜ、と誰にいうでもなくつぶやきながら。

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