竜魔激突②
神殿には地下室がある。普段は死者を埋葬する準備のために、腐敗を抑制できる涼しい地下を利用しているのだが、今日はミロクが金の力でかき集めた魔術師が詰めていた。
床には魔法陣が敷かれており、ミロクにはどういうものか全く理解の及ばない魔道具やら何らかの触媒が所狭しと並べられている。どうみてもまともではないことをしているようにしか見えないが、これも必要なことだ。
「あ!ミロクじゃん!なんかでかくなってない?」
「せっかくの声が枯らしてしまいましたか、申し訳ない」
「いいのよ、守ってもらうんだから」
そう行って着丈に笑う彼女だが、その直後に咳き込むあたりやはり喉も酷使させてしまったのだろう。彼女は断るかもしれないが、後で埋め合わせをしなければならない。
「来たのね」
「ふははは、魔力も付きましたか」
「えぇ、あなたも結構な無茶を言うわ」
妖術師の言葉は至って流暢だ。ふだんは言葉がそのまま呪文へと変換されてしまうため短く区切って話さなければならないのだが、魔力が底をついてしまった故に普通に喋っても魔術が暴発するということもない。思ったよりも女性らしい口調だ、というか、本当に女性だったのかと今更ながらに思うが、また脛を叩かれては面倒だと今度は言葉を飲み込むことにした。
「首尾は」
「さすが交易都市だけ合って満足できる分の魔道具や触媒を揃えられたけど、あなたの言う本来の実力が言葉のとおりなら、おそらく夜明けまで持たない。でも、最善は尽くすわ」
「頼みましたぞ。妖術師殿らが守りの要だ」
「フォンテーヌ」
「む?」
「名前よ、私の。
「そう言えば名前知らなかった……」
「なんだかんだで聞く機会もありませんでしたからなぁ……それでは任せましたぞ、フォンテーヌ殿」
普段の癖なのか無言でうなずく妖術師、もといフォンテーヌはすんすんと鼻を鳴らすと仮面の下の視線を煙管に向ける。
「この香り……竜胆香でしょ、そんなものをどこで手に入れたの」
「それは内密ですぞ」
「え、なにそれ。魔道具?」
「いや、薬品だ。煙草の類ですぞ」
「一時的に
「ふはは、こんなもの、
でしょうね、と諦めにも近いぼやきをため息のように吐き出す彼女はさてと佇まいを直すとミロクに改めて向き直った。
「それ、少し分けてもらえない?結界の強化に使えると思う」
「うーむ、結構希少なものなのですが……」
かといって自らがいい出したことを反故にするような真似もできず、名残惜しそうに小袋をフォンテーヌに差し出した。この結界のために五年間は遊んで暮らせるような大金をぽんと差し出したミロクが出し渋るほど希少なものなのかとフィサリスは目を輝かせる。
「私の予想だと、今夜の襲撃であなたの呪いは限界を迎えると思う。どんな悪魔でも一つの呪いに込められる魔力には限界がある。昨日の襲撃の規模を踏まえると、明日までは保たない」
「つまり、今夜が山というわけですな」
「そんな病気か何かみたいに言わなくても……」
「そんなことより、最期に一つ聞かせて」
「なんですかな?」
「どうして領主の城を範囲外に指定するの?」
「聡明な貴女のことだ、気づいておられるのでしょう」
「えぇ、まぁ……」
「十中八九、首魁はもうこの街の結界の中、領主の城に入り込んでおるでしょう。悪魔が魔術の発動を感じ取れないはずもなし、ましてや結界の内側に入るなど。『
「えぇ、分かったわ」
「それと、これもお渡ししておきましょう」
ミロクは懐から紫色の液体で満たされた小瓶を取り出し、二人に差し出した。
「
「おそらく、『
「え?」
「は?」
「ん?」
なにかおかしなことを言っただろうか。
「悪魔も『
「いや、そうじゃなくて……」
「グレースちゃんが戦う?近衛兵と?それでグレースちゃんで十分って何?」
「どうもこうも、グレース殿の実力はあの商隊護衛の面子の中では上から数えたほうが早いでしょう。ただの兵士風情、相手にもならん。それでは、また朝に会いましょうぞ、お元気で」
絶句する二人をよそに窮屈そうに階段を上るミロクを見送った二人は、無言で顔を見合わせ、魔力の水薬を同時に飲み干した。
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