エピローグ
エピローグ①
あれから数日が立ち、朝が訪れた、街は復旧で大忙しだ。
なにせ大地震が西方一体を襲ったという。ウェストヒルズはその震源に近かったにもかかわらず、倒壊した建物は少なく、奇跡的に死者も出なかったものの、多くの負傷者を出した。被害は少なくなく、一刻も早く復旧を進めなければならない。
また、近隣では大火事でもあったかのように、一体が黒く焼け焦げているのが発見されている。何があったのかはわからないが、とにかく調査を出さなければならない。
そしてそんな大きな出来事があったためにこれ幸いと商売を始めるのが商人の性というもの。
ともかく、ウェストヒルズはいつも以上に大きな賑わいを見せていた。
それは神殿としても例外ではなく、怪我人の治療や、家を失った人々に食事を分配するために、神官長ウォルターから侍祭のユシェルまで、誰もが大忙しで走り回っている。
そんな中、昨晩
こんなときだからこそ、新たな希望足り得る
……のだが。
「やだ!」
「やだではありませんよ、大司教様」
「やーだー!」
リーアスはもう何度目かというやり取りに辟易しながらグレースの部屋のドアを叩く。
「ふはははは、今更嫌は効きませぬぞ。扉を開けませい」
「いやだ!面倒事はいやだ!一日中ぷいちゃんをもふもふするんだ!」
「ぷぃ……」
扉の向こうからは、グレースの泣き言と、毛玉の悲痛な鳴き声が飛んでくる。
「仕方ありませぬなぁ……後で神官長に謝らねばな」
「頼みます……」
リーアスが脇にそれ、入れ替わるように前に出たミロクは一息つくと、扉の外枠に手をかける。そのまま、むん、と一息力を入れると重たい音とともに、扉は枠ごとその役目を捨てた。
「あー!ずるい!ずるいぞそれ!」
「わがままを言いなさるから……」
ミロクはドアだったものを脇に寄せると、ズカズカと部屋へ入り込む。
「ぷいー」
「ふははは、なにやら久々に感じますなぁ」
毛玉はグレースの手が緩んだ隙きを逃さず、定位置、ミロクの頭の上へと駆け上がった。
「それにしても、自分で選んだことでしょうや、全うせねばなりませぬぞ」
「一時の気の迷いだったんだ……よ?」
グレースはミロクを見上げた。なんだか一回り大きくなっているような気がする。
「お前、そんなデカかったっけ」
「ふははは、龍とは巨大であるもの故に」
「いやそういうことじゃなくてだな……」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、といいますからな」
「聞いたことねぇよ」
昨日まではまだ天井に余裕があったはずだが、今では天井に角がこすれるのを気にしているという様子だ。明らかに体格が大きくなっている。
「我々は、命を喰らうことで生命としての
「それ以上強くなってどうすんだよ……」
グレースは先日目にした巨大な二つの影の激突を思い出した。それよりも引っかかることが一つある。
「……なぁお前今、喰らうっつったな?」
「えぇ、まぁ」
「喰ったのか?」
「左様で」
「蛮族かよ……」
「ふははははははは…………」
悪魔から呪いを受けたその直後であるにも関わらず、その悪魔を食うなんて、信じられない。いや、そもそも悪魔を食うことも信じられないのだが。何もかもが規格外のこの男にこれ以上掛ける言葉が見当たらない。
「それで、呪いは大丈夫だったのか?」
「えぇ、神官長のお墨付き故、大丈夫でしょう」
見ますか?と着物をはだけさせようとするミロクを静止しながら、グレースは背伸びをひとつして、
「あーあ、いやだいやだ。アタシは神官だけしていたいんだよ」
男どもの視線を気にせずいきなり着替えだすグレースにミロクは自分で外した扉を塞ぐようにして立ちはだかった。
「司教位のウォルターのジジィですら、あれだけ政に関わらされてるんだ。大司教なんて、どんな面倒事に巻き込まれるか分かったもんじゃない」
ミロクもリーアスも、それを黙って聞いていた。
「アタシもまだ二十二だぜ?
「しかし、やると決めたのだろう?」
「そ!」
長杖がミロクの背中をつついた。道を開けると、見慣れた黒の修道服ではなく、真っ白な司教服を身にまとうグレースの姿があった。
「そちらもよお似合っておりますな」
「茶化すな。ほらリーアス。行くぞ!」
「え、僕も?」
「決まってんだろ。供回りだ供回り!んで、お前はどうすんだ?」
「我はもうしばらくしたら出立しようと思う。結局こいつに関しては何もわからなんだ故」
「ぷい?」
毛玉は何のことやらと言った様子で鳴き声を上げた。グレースが引きこもっている間、ミロクは神殿を周り古い書物を読み漁っていた。しかし、結局この毛玉のことは分からずじまいだった。もしかしたら貴族の蔵書に読めるものがあるかもしれぬとあたってみたが軒並み門前払いを食らってしまった。ならば、見れる場所に行くしかあるまい。
「そっか、まぁ、また来るようなことがあったら顔出せよ。」
グレースは嫌がるリーアスを引っ張って神殿を後にする。その背を見送りながら、ミロクも新しく誂えた笠を頭に据えた。
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