中央への道⑫

 熱い、熱い、熱い、熱い。

 痛い、痛い、痛い、痛い。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

 皮膚が、筋肉が、毛が、骨が、羽が、内蔵が焼けていくその耐え難い苦痛の中、ヴァンダムは歯を食いしばって呪文を構築していた。

 それは偏に屈辱と執念が成し遂げるものだった。

 身を焼き尽くす焦熱の中、完成したその呪文は、急速に体を再生させていく。

 自ら部下であるヴィシャスに与えた、『再生リジェネレーション』だ。

 人間であるヴィシャスと違い、悪魔であるヴァンダムには比較にならないほどに膨大な魔力があった。

 自らを握り潰さんとする獄炎の手をこじ開けるようにして逃げ出し、地面に転がる。

「ほう、逃げおおせたか」

「ハァ……ハァ……逃げて、ねぇよ……」

 元から持つ高い再生能力と合わせて、一呼吸の問答の最中で失った体の殆どは再生できる。

 ヴァンダムは地面に右手をつけて地面を溶解させる。そこに左腕をかざすと、溶鉱炉から生えるようにして剣が浮かび上がってきた。

 自らの魔力をふんだんに込めたそれは、歪に波打つ刃に禍々しい装飾を合わせ持った炎紋剣フランベルジュだ。

 肉を、骨を、魂ごと抉り切り落とす形状をしたそれは、ミロクの重層龍鱗ヘヴィ・スケイルを切り裂いたガレスの大剣よりも鋭く、重く、禍々しい。

「ふはは、それでこそ張り合いがあるというもの!!!」

 打ち合わせた拳に呼応するように巨大な前腕から赤黒い炎が吹き上がる。

 肺が焼き付くような熱気が広がり、触れてもいない枝葉が即座に乾燥し燃え広がってゆく。

 気づけば木々が周囲を隔絶する炎上網として二匹の怪物を取り囲んでいた。

 炎の中、お互いにお互いを殺し得る得物を握りしめ、同時に大地を蹴った。

 一合、二合、三合、次第に数える余裕はなくなっていくほどの熾烈さで燃え盛る巨大な爪と瘴気を纏う長剣がぶつかり合い、衝撃が焦熱の空気を揺るがす。

「ふははははははは!!!!!!!!」

 不気味に呵々大笑しながら次々と拳を、爪を、尾を繰り出す赤い竜人に、ヴァンダムは内心焦りを覚えていた。

 地面が溶けるほどの焦熱を前に莫大な魔力が信じられないような速さでどんどん無くなっていく。

 繰り出す剣は確実にその重厚な鱗を切り、肉を切っているはずなのに、その威力、技の冴え、そして猛攻は衰えることはない。

「化け物め……」

 まともに拳を受けてもぎ取れた腕を再生させながら自分のことを棚に上げてヴァンダムは吐き捨てる。

 自ら鍛え上げた剣が、すでに魔力の輝きは薄まり刃こぼれが目立ってきていることに腹が立つ。

 両腕でしっかり握り直すことで剣を再構築し、真新しい輝きを取り戻させるが、魔力の輝きは先程の半分にも満たない。

 このまま近接戦を続けるのは不利だ。一旦距離をとって攻め込まれる前になんとか呪詛を紡ぐ。

「ほう、『分身アザーセルフ』か!!!」

 一気に三体に増えたヴァンダムが一斉に剣を振りかざす。お互いの意思は完全に疎通できており、その連携は極めて洗練されている。

 重なるように畳み掛けられる斬撃を巧みに反らし、あるいは受け止めるが、その全てを捌き切るのは困難を極める。分厚い鱗が切り裂かれ、吹き出る血から水分が奪われ瞬時に傷が塞がった。

「ハッハァ!!!どうしようもねぇみたいだなトカゲ野郎ォォオォオオオ!!!!」

「なぁに、まだまだ……」

 対するミロクは鋭い尾の薙ぎ払いで距離を取らせると両の腕を地面に強かに打ち付ける。

 するとまるで火山の噴火のように炎と溶解した大地が吹き上がり三体の悪魔を飲み込んで行く。分身に分け与えた魔力は一瞬で底を突き、一瞬のうちに消滅した。

「ふざけんな!!!」

「ふはは、詰めが甘いですなぁ」

 まるで出鱈目だ。悪い冗談でも見ているようだ。術を使用しているわけでもないのにこれほどの焦熱と炎をばらまくなど、それこそ赤龍レッド・ドラゴンの所業ではないか。

 ヴァンダムは悪い考えを振り払うように固まりゆく溶岩を右手の溶解の力でねじ伏せながら道を開く。

 真正面から袈裟斬りに振り下ろされる剣を、ミロクは横合いからの手刀の一撃でついに真ん中から二つに圧し折った。

「この強度でもダメなのかよ」

 その声は絶望にも近い、ほぼ泣き言のような呟きだった。即興とは言え、渾身の一振りであることは否定できないものだった。それが素手の一撃で折れるなどまさに悪い夢である。

 その大きな隙を見逃すわけもなし、燃え盛る両腕で組み付かれたヴァンダムの体は焼けては再生し、焼けては再生しを繰り返している。

 しかし、次第にその速度は緩んでいく。常人とは比べ物にならない魔力を持っているとは言え、底はあるのだ。

「ふははは、我が爪の方が鋭かっただけのこと。悔やまずともよろしい」

 口内に宿る光に、ヴァンダムは漸く先程火球を貫通してきたものの正体に気が付いた。白熱に収束する龍息ドラゴンブレス、熱量、威力ともに自身のそれを上回ることは確かだった。

 悪魔を絶望させる、龍の奔流。

「お前……まさか……『原初』の……」

 その言葉を最後に、ヴァンダムは白熱に飲まれた。再生は追い付かず、魔力もあっという間に尽きた。

 本来悪魔とは、神の威光たる信仰系の呪文でなければ滅ぼせないと言われているほどに頑強な怪物である。

 それを葬り去ってなお有り余る高熱は、正に桁が違うと言わざるを得ない。

 悪魔は跡形もなく、影すらも焼き尽くされ、あとは燃え盛る森と、一人の竜人が残るのみだった

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