中央への道⑮

「平和ですなぁ……」

「ぷい?」

 コットンは訝しんだ。この状況のどこが平和なのだと言いたいが、コットンの言葉鳴き声ではミロクに通じない。抗議するように髪の毛を食んでみるがこの男は全く気にする様子はない。

 さて、現時刻は夜だ。月と星明かりに照らされた街道の真ん中を堂々と歩くのは、実は自殺行為とも言えるほどに危険極まりない行為である。夜は怪物が跋扈する魔の領域だ。定期的に結界を張っている野営地か、もしくはグレースのような結界を晴れる人物を同行させて夜を明かすのが定石と言える。

 もし馬鹿正直に夜道を歩くとしたらよほどの常識知らずか、命知らずか、あるいは……。

「いい加減慣れよ、昨晩もこんな様子だったではないか」

「グルルルルル……」

 よほどの実力者だ。

 取り囲むようにして様子を見る魔狼バーゲストの群れに対し、臆する様子も見せずいつもの人を喰ったような笑みを浮かべている。

「グアァッ!!!!」

「ほれこの通り」

「ギャッ!!」

 ミロクは飛びかかる魔狼を尾の一撃で殴り飛ばした。

「ほら、屁でもあるまい。お前が魔狼バーゲストを怖がっているのは分かった故我に任せておけ」

「ぷいぃ……」

「さて、群れの長はどれだろうか」

 長を穏健に殴り飛ばせば引いてくれるだろう。それにこの規模の群れを率いているのであれば、いい騎馬、もとい騎狼になるだろう。

「それにしても、妙だな……」

「ぷい!ぷい!」

「うむうむ、わかっておるとも」

 飛びかかる魔狼にわざと腕を噛ませ、牙すら食い込まないそれを振り回し別の魔狼にぶつけてついでに振り払う。振るわれる暴力は野盗に向けるそれと違い、かなり手加減されていると言っていい。事実、殺すつもりは全く無いのだ。

 ミロクにとって、旅の最中に襲われるのは珍しいことではない、が、ここ最近は立て続けに襲撃に合っている。ここまでくれば流石に妙だ。

 野盗から悪魔まではつながっていたが、昨日今日の魔物による襲撃はそれとは異なるものだ。魔物は所詮魔物、獣の延長線上に居るものだが、逆に言えば獣程度の知能はある。自らより大きい獲物に無理に襲いかかることはしないし、ましてや危機回避の本能が働くような相手などよほど腹が減っていてもごめんというものだ。

 だからこそ、二日続けて魔物に立て続けに襲撃されるのは妙だった。

 だとすれば思い当たるフシは二つ、悪魔の仲間が残っていて魔物を操っているか。

「ふーむ。まさかあの悪魔に呪われたか……?」

 もしくは呪いだ。

 ミロクは強靭な外皮にそれを覆う分厚い鱗を備えているため大抵の物理攻撃には高い耐性を持つ。魔術に対してもそれに特化した熟達した術士や悪魔のような者が操るものでない限りはほぼ効かないだろう。

 しかし、呪いに関しては耐性は低い。呪いに関する耐性はその地の信仰に大きく依存する。その地に蔓延る感染症に対し、その対策が生活習慣や風習として根付いているようなものだ。

 この地の場合は大地母神や風の交易神が多く、そういった信仰の加護があれば呪いへの耐性は高くなる。聖職者となればほぼ無効化することが出来るだろう。

 しかし、この地の信仰とは大きく異る信仰体系に属するミロクにとってはまさに致命的な弱点と言っていい。しかもミロクは解呪を使うことができない。呪いは致命的な効果を持つものは殆どないのが幸いだが、今のミロクのように、魔物の敵愾心(ヘイト)を強く引き受けるような呪いは間接的に命の危機を齎すことは出来る。

「速く合流してグレース殿にでも見てもらわねばならぬな……」

 懐から取り出した干し肉ジャーキーの塊を一口放り込んで咀嚼しながらの一人だけ緊張感のない戦闘が続く。

 それは正に降りかかる火の粉を払いのけるようで、払いのけられた火の粉のように地に落ちる魔狼は死なないまでもしばらくは再起不能だ。

「ぷいぷい」

「どうした?」

「ぷい」

 毛玉が髪の毛を引っ張る方向に目を向ければそこにはひときわ大きな魔狼が見て取れた。他の魔狼と比べるべくもない。体格も、毛並みも、牙も爪も、一線を画している。どう見てもあれが長だ。

「でかしたぞ!」

 群れの長を調伏すれば群れ自体が瓦解するはずだ。そうなってしまえば雲散霧消、呪いで敵愾心を煽られていようとそれこそ長年染み付いた習性は拭いきれない。それを恐怖で塗りつぶしてしまえばいいだけの話だ。

 そこからの勝負は一瞬だった。

 髪の毛にへばりつく毛玉の悲鳴を引きずりながら飛びかかったミロクが、一息で絞め落としたのだ。無論、息の根までは止めていないが、群れを瓦解させるにはそれで十分だったようだ。

「ぷいー」

「怯えるな、此奴では我に勝てぬ故」

「ぷい」

「ほら、貴様はいつまで寝ておるのだ、起きよ」

 ぽんぽんと頬を叩くと、魔狼の長は飛び起きて距離を……取れない。即座に眼前に迫ったミロクは、魔狼の長の目を覗き込むようにして顔を合わせる。

「我に従え、そうすれば命までは取らぬ」

 言葉は分かるはずもないだろう。しかし、意味が伝わらないわけではない。群れにはもちろん主従関係がある。今までさんざん群れの仲間にしてきた態度が、自らに向けられているとよく分かっている。

 故に魔狼の長は、頭を垂れて平伏する頃しかできなかった。

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