エピローグ②

 グレースと別れた後、ミロクは商人ギルドへ立ち寄っていた。

 新しい場所へ動くとなれば、新しい仕事を受けるのが運び屋ポーターというものだ。

「おー、なかなか良い出来栄えではないか」

 それは大きな魔狼バーゲストに合わせた馬車だ。急ぎで作らせたのだが、さすがは交易都市を拠点とする職人、こういった馬車の改造には慣れているのだろう。

「あまり、大荷物を持つのは好きではなかったのだが」

 存外悪くなさそうだ、とあたまの上に乗った毛玉や、もはや只の犬のような様相の魔狼を見て思う。

「それで、どこに向かう依頼を見繕えばいいんだ?」

 尖筆の先を舌でなめながら帳簿を繰る商人に、ミロクは当然と言った様子で答える。

「王都へ向かう。その道すがらであれば、どこでもよろしい」

「あいよ、半刻ほど待ってな」

「あいわかった」

「ぷいー」

 ためしに御者台に座ってみれば、重たいミロクの体躯を支えるのに十分な金属の車軸は、全くきしむことはない。

「引けるか?」

「GAU!」

 魔狼は任せてくれと言わんばかりに吠える。ミロクを背負ったまま全速力で走り回った実力を見ている故にミロクは任せたという返答の代わりにその顎を撫でた。

「お前にも名前をつけねばならんな……」

「あら、まだつけてなかったの?」

「おや」

 フィサリスとフォンテーヌだ。この二人はあの夜依頼、頻繁につるんでいるような印象がある。

「二人して、どうされました」

「私は見送りに来たの。もうちょっとこの街でアンタのことを広めなきゃね!」

「勘弁してくだされ、英雄というものは我には似合わん。地震のせいにすればよろしい」

「違うわよ」

 フィサリスはバカなことを言うなと肩をすくめた。

「英雄じゃなくてが安心がほしいのよ。人っていうものはね」

 彼女の視線は、崩れた瓦屋根を積み直す職人に向けられている。

「地震なんてこの土地じゃあ森林族わたしたちでも久しぶりなことだもの。みんな不安なのよ。災害なんてものより、竜と悪魔の激突の末、良き竜が悪魔を滅ぼしたって言ったほうが、みんな安心するんじゃない?」

「そういうものか」

「そういうものよ」

 何年経っても人の心はわからないとミロクは空を仰いだ。ならば、『真実の英雄』になってやるのも悪くないかもしれない。正確にはミロクの名ではなく、良き竜だが。

物語ストーリーはそうね、悪魔の企みを知った良き竜が、使徒を使わすの。使徒は悪魔の企みを尽く潰し、ついには悪魔が直々に出てくるの。そして、ついに竜と悪魔が激突する。第して『竜魔激突』!」

「相変わらずの才覚センスですなぁ……」

 物語も何も、実際に起きたことに色を付けただけではないか、とは彼女のために言わないことにした。

 そろそろ頃合いかと振り返ってみれば、既に準備はできていたようで商人が目録を持ってやってきた。

「王都へ向けた荷物と、あとはそこまでの寄り道で逸脱しない程度に仕事を見繕っておいた。くれぐれも頼むぞ」

「ふはははは、王と、麗しき姫君の名にかけて」

 ミロクは首から下げた認識票を掲げて頭を下げた。

「さて……我はそろそろ出立せねば」

 荷物が山のように積まれた荷車を横目で眺める。魔狼はまるで散歩に出かける前の犬のような様相で主を待ち構えていた。

「見送り、感謝しますぞ。付き合いの悪いスィダー殿にもよろしく伝えておいてくだされ」

「そっくりそのまま伝えておくわ。それと……」

 フィサリスはフォンテーヌの背を押して一歩前に出した。彼女は講義するようにフィサリスを見上げるが、どこ吹く風というように下手くそな口笛を吹いている。

「…………」

「ふむ」

 これは、彼女が言葉を切り出すのを待ったほうがいいだろう。

「まだ、これの礼をしていないから……」

 フォンテーヌは流暢に言葉を紡ぐ、それもこれも、彼女の胸元に輝く黒瑪瑙の首飾りのおかげだ。不要な魔術の暴発を制限してくれる優れもの。

 あの後、あまった金で買い渡したものだった。

「ふはは、構いませぬ。宵越しの銭は持たない主義でな」

「私が構う」

 フォンテーヌは二倍以上ある身長差をどうにかしようと必至でつま先を伸ばして顔を突き合わせた。

「きっと役に立つから……」

「ふむ、構いませぬか?」

「ぷい」

「構わぬそうだ」

「ソレの許可必要なの?」

 ミロクは頭の上から毛玉をおろして、フォンテーヌに任せた。

「それでは、改めて出立するとしましょう。抱えあげますかな?」

「一人で登れるわよ……」

 フォンテーヌはミロクの隣に置物のように座り込んだ。

「さぁて、そうだな、『日蝕を齎すモノスコル』よ、走れ!」

「GAU!!!」

 かくして王都へ向けて荷馬車は走り出した。新たな仲間を引き連れて。それを見送る吟遊詩人は、一仕事負えたように背伸びをした。

「さぁて、私も曲を考えないとなぁ。それにしても……」

 もう遠くに小指の爪の先程の大きさになった荷馬車を見送りながら、ふんふんと鼻歌を歌う。

「わっかんないなぁ、いつどこで、何を理由にあんなのに惚れたのやら……」

 歌に盛り込んじゃえと舌を出しつつ、吟遊詩人は雑踏の中に消えていった。

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