交易都市ウェストヒルズ⑥

 ユシェルが運んできた紅茶を啜るウォルターは、先程見たときよりも一層老け込んでいるように見えた。抱え込んでいたものを吐き出して、楽になってしまったからなのかもしれない。

 人は、絶体絶命の危機に陥った後、助かると分かった瞬間に命を手放すことがあるという。きっと、彼もそういう心境なのだとミロクは理解した。

「それで、領主様に何があったんだよ」

「我々は宮中に入ることは殆どないので、なんとも言えませんが……」

 なんとも言えない、と強調するが、十中八九息子か、それを利用しようとするものの仕業だろうことは誰もが理解しているようだ。それを騒ぎ立てたところで、捕えられるのは誰かも自明。いわば公然の秘密、あるいは暗黙の了解のようなものだ。

「とにかく領主様が臥せり、御子息がまつりごとをするようになってから、徴税が厳しくなったのです」

「その割には表通りは賑やかでしたな」

 税が厳しくなると貧しいものから死んでいくというのはどこも同じだ。しかしこの街の、少なくとも表通りにはそういった気配はなかった。むしろ逆、賑わっていたようにすら見える。

 たたまれた店もなく、露天が軒を連ね、行き交う人々は活気にあふれていた。とても徴税が厳しいとは思えない。

「えぇ、最近はね。でも二年前はひどいものでした。近隣では暴動も合ったといいます」

「最近は、というと」

「ご子息は暴君ではあっても、暗君ではなかったということです。膨大な税を取るために、膨大な税を取っても文句を言わないだけの実りを、民に与えようと考えたのです」

 その言葉を聞いて、グレースは何があったのかを全て悟ったようだった。取り落した紅茶で自らの修道服が汚れるのすら気にならないほどに驚愕と憤怒と戸惑いをないまぜにした表情を浮かべている。

「まさか、収穫を増やすために、祭具を使ったってのか……」

「その、まさかです……」

 大地母神は豊穣を司る神である。故に、その祭具が豊穣をもたらすことは至極当たり前のことでもある。そういえば、先日訪れた街でも豊作に恵まれ、山々の恵みも合ったのか巨大な猪までも獲れていた。

 それは、すべて単に豊穣神の奇跡の御業だったのだ。だが、それは良いことなのではないのだろうか、という疑念も拭い去ることはできない。

「ですが、それは良いことなのでは?」

 大地母神の加護により、民は多くの実りを得て、領主は税より多くの税を得る。一見、誰も困らないように思える。

「ち、がう……」

 それを否定したのは意外なことに妖術師だった。

「きせ、き、は……そ、んな、やす、も、のじゃ、ない」

「つまり、高い対価を取られると」

 妖術師は頷く。

「本来、その代償とは信仰に裏付けされた真なる祈りです。より良い明日を迎えるための糧を恵んで頂く代わりに、我々は大地母神様に感謝し、祈りを捧げるのです。しかし、その祈りのない奇跡は、所詮魔術と大差ないもの、高い代償が要求されます」

「それで、その代償とは……」

「今の豊穣は、いわば未来の収穫の前借りのようなものです。つまるところ、代償は不作。この調子で続ければ、再来年あたりには大地は枯れはじめ、十年も続けるならば砂に埋れるでしょう」

「それはなんともはや……」

「大地母神様は優しいのです。とても優しい、優しすぎる。だから人々の声に耳を傾け願いを叶える。だからこそ我々は、節制と清貧を是としているのです……」

「なるほど……で、あるが、我には関係のないことだ」

「ミロクお前!」

「我が目的は呪いを解くことですぞ、グレース殿」

 ぴしゃりと言い切るミロクにグレースは言葉を続けることができない。

「申し訳ないな神官長殿、ここで解呪ができないのであれば、他の神殿への紹介状を一筆したためていただけると助かる」

「ミロクさん、実は……」

「……まさか」

「はい、御子息は、全ての神殿の祭具を、一手に管理すると、全て取り上げてしまったのです」

「……まんまと嵌められたというわけか!」

 久方ぶりに頭に血が上った感覚に襲われたミロクは、その鉄鞭のような尾で感情のままに木製のテーブルを叩き割った。

「落ち着け!」

「《落ち着け、荒ぶるものよ、なぜそうまでして怒り狂うのか》」

 妖術師の言葉により、昂ぶる精神が鎮静していく。

「まさかこの我が利用されるとは……」

 ミロクの中で全てが繋がった。あくまで状況証拠と憶測に過ぎないが、辻褄は合う。

「神官長殿、領主の息子か、もしくは家に仕える側近は居りますかな?」

「それは、貴族ですし、まぁ幾人かは……」

「その中に、平原族至上主義者ヒューマニストは?」

「考えることまで、制限することはできません。居ないとは言えません」

「そうか……」

「どうしたってんだよ、説明しろ!」

 掴みかかるグレースに向けるミロクの顔は、酷く苛立たしげなもので彼女は思わず息を呑む。しかしそこでやっと自らの表情がこわばっているのに気づいたミロクはいつものようなにやけ面のような表情を取り繕ってみせる。

「まぁ順を追って話しましょう。その前に、お茶をもう一杯いただけますかな?」

 急に調子を取り戻したミロクに不可思議なものを見る目を向けながら、ユシェルは慌てて部屋を飛び出していった。

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