中央への道③

 木製のジョッキが打ち合わされ、満たされた薄い葡萄酒ワインで乾杯し喉を潤す。

 洞穴族ドワーフではないものの、葡萄酒程度で酔っ払う傭兵は居ない。

「それはそうと自己紹介だ」

 そう切り出したのは如何にも豪快そうな髭面の傭兵だった。使い込まれた革鎧、背負った両手剣ツーハンデッドソードは、彼の手に馴染むような形に柄が削られている。

「俺らは『手斧の友傭兵団ハチェットカンパニー』つう、このへんじゃあ名の知れた傭兵団だ。俺は団長のグスタフ。こっちの弓使いアーチャーがリチャード、斥候スカウトのアラン、あとは戦士ウォリアーのグレアムとマルクだ」

「おう、よろしくな」

 揃いの手斧の傭兵団の練度は、先日纏めて丸焼きにした盗賊団程度なら(無論、『再生リジェネレーション』など無ければだが)赤子の手を捻るように殲滅できるほどだとミロクは目算をつける。

 それほどの装備と腕、そして油断のなさが見て取れる。

「では次は僕が……」

 自由騎士フリーランサーが小さく咳払いをする。珍しい銀髪に朱と青の虹彩異色オッドアイのまだ若いその騎士は表情と姿勢を正し、横に控える小柄な斥候スカウトの少女もそれに倣う。

自由騎士フリーランサーのリーアスです。大地母神様を称える聖騎士パラディンでもあります。こちらは僕の従者でユリといいます」

「よろしくおねがいするでござる」

「ござる?」

「あぁ、気にしないで」

「そうか」

 ごまかすように笑うリーアスの装備は美しい白百合の装飾が施された甲冑だ。大盾タワーシールドや鎧は輝くほどよく手入れされているが幾多もの戦場を潜り抜けてきたことがよく分かる。

 傍に控える斥候はこの辺りではあまり見ない装備で、実力を図るのは難しそうだが、ミロクは経験上、暗殺者独特の雰囲気を持つ少女だと考えた。

「では次は私が……」

 猫のような瞳を持つ森林族エルフ吟遊詩人バード竪琴ハープを鳴らして麗らかに一礼する。

「私はフィサリス氏族の”明けの明星”見ての通りの吟遊詩人バードだよ。フィサリスでいいわ。よろしくね、ウィヒヒ……」

 奇妙な笑い方をする少女だが、森林族というのは見た目で年齢を区別できるものではない。

 それ以上に吟遊詩人というものは外見で実力を判断は難しい。彼女らは歌によって味方を鼓舞することの出来る支援役の呪文使いだ。その実力を見るには実戦を経験するしかないだろう。

「さぁて、順番ならば次は我ですな」

 そうやってミロク、スィダー、グレースの順番で自己紹介をする。

 伝承でしか聞いたことのないような竜人ドラゴニュートであるミロクが興味を引いたり、リーアスとグレースが同じ大地母神の信仰ということで意気投合したり、スィダーとフィサリスが何やら森林族の言葉で挨拶をしたりする中、ひとり黙りこくる者が居た。

「おっと、すまない。君のことも聞かせてくれ」

 外套のフードを目深にかぶった小人族ハーフリング妖術師ソーサラーだ。

「……」

 しかし、彼か彼女かもわからないその妖術師は首をふるふると横に振っただけで黙りこくってしまった。

「どうかしたのか?」

「ふぅむ、『真なる言葉』の術士ですかな?」

 ミロクの言う言葉に、妖術師は小さくうなずいた。

 それに皆それぞれ納得したようにうなずいたり、声を出したりしている。

「あの、主君殿、『真なる言葉』とはなんでござるか?」

「神様から直接奇跡を賜る『祈祷』や精霊の力を借りる『精霊術』等とは違って、自らの言葉の力を使う術だよ」

「ウェヒヒ、私の歌も『真なる言葉』の呪文の一つなのよ」

 なぜだかふふんと薄い胸をそらすフィサリスをよそにユリはふむふむと考え込んでいる。

「なるほど……ミロク殿はどのような術を?」

「我か、我の術は『竜血術』という血に由来する術でな。詳しく話すには我らの信仰から説明せねばならないが、簡単に言えば食らったモノの力を呼び起こす術だ。後ほど詳しくお話しましょうぞ」

 簡潔に言ってみたものの、やはり根源から話さなければその本質を理解するのは難しい。

 そもそも、魔術と一括りに言ってもその様式は大きく分けて三つある。

 フィサリスや妖術師のように、自らの言葉や歌をもって世界を改変する『真なる言葉』を使用する『呪文系』。

 スィダーやグレースの用いる精霊術や死者の魂や死体そのものを用いる死霊術(ネクロマンス)のような『使役系』。

 リーアスやグレースのような祈祷により、進行する神、もしくは祖霊の奇跡を賜る『信仰系』。

 ミロクの持つ『竜血術』は、そのどれとも分類し難い特殊な術だ。

 まず、ミロクの信仰の教えの一つに『食らったモノは己の血に混ざり、新たな力となり、また祖先から受け継がれてきた力を増幅させる』というものがある。

 竜血術はその受け継がれてきた力、あるいは捕食により新たに取り込んだ血に宿る力を引き出すもので、自らの血の力を使うという点では『呪文系』、他者の力を引き出すという点では『使役形』、祖先から受け継がれてきた力を使うという点では『信仰形』に近いと言えるし、またどれとも異なると言える。

 そういった極めて特殊な術なのだ。

「そういう小難しいのは後にしようや、同じ焚き火を囲んで飯を食えばもう仲間だ!」

「そうそう、吟遊詩人の姉ちゃんもいることだし、武勇伝を歌にしてもらおうじゃないか」

 陽気な手斧の友傭兵団の面々が場を盛り上げ、出身も経歴もバラバラな傭兵たちの結束を固める。

 仕事中であるため程々にはするべきだが、そうして騒がしく夜は更けていくのだった。

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