中央への道④
「昨日は襲撃がなくてよかったな」
スィダーの言う通り、昨夜は後退で夜警をしたものの、結局襲撃があることはなかった。
これだけの規模の
「動向は割れておるでしょうし、襲撃をかけるなら初日にはしないでしょうや」
「そういうものか?」
歴戦とは言えスィダーは狩人、そういった軍事の機微には疎いのも仕方ない。
「初日は最も警戒が強いですからなぁ、我が敵であればそうですなぁ、襲撃を掛けるなら街に着く前日ですな」
「その心は」
「人夫は疲れ、翌日は街に着く故に気も抜けるというもの」
「なるほどな」
「あるいは……」
「こらーっ!!男ども!働け!」
手が止まっている二人にグレースの激が飛ぶ。
人数が多いと片付けるものも多くなる故に、急いで出立の支度をしなければ文字通り日が暮れてしまう。
そしてまた日が暮れる頃には野営をしなければならないとくれば、昼間に移動できる時間は限られてくる故に、グレースが急かすのを諌める道理はない。
「ぷぃぃ……」
眠ってて許されるのはこの毛玉、いや、昨日の長い長い、白熱した会議の結果『コットン』という身も蓋もない名前がついたこいつだけだ。
もし起きていたとしてもなんの仕事もできない故に起きてても眠っていても関係ないのだが。
もう一人居るには居るのだが、それは誰も口出しできないだけのこと。
誰だったかが呟いた「荷物に働けというバカは居ない」という言葉が全てだ。
「やかましいのが来ましたな」
「あぁ、さっさとしてしまおう」
それからは黙々と作業が進む。天蓋を畳み、支柱を纏めて荷馬車に乗せる。馬を馬車につなぎ、武具を整え隊列を整え、いざ出立!と兵の一人が
「鉄の匂い、多いぞ!」
スィダーの声のほうが一瞬速かった。
森の中から一斉に飛び出したのは、雑多な装備で身を固めた無頼漢、否、盗賊団だ。
おそらく夜のうちに展開していたのだろう、その数だけは明らかにこちらを上回っている。
歩兵と比べるなら襲らく装備も上回っていることだろう。
ともかく、やけに質のいい装備を身にまとった、軍隊のように統制の取れた盗賊団がそこに出現したのだ。
「ふはは、あるいは、が来ましたかな」
「どういう事だ」
「夜襲もない夜明けで気が抜けたところを、野営をたたまねばならぬごたごたしたところを狙う、ということですなぁ」
「呑気に言っている場合じゃない、この音、矢が飛んでくるぞ!」
他の誰にも聞こえていないが、その長い笹葉のような耳はしっかりとその音を捉えていた。
スィダーの警告が飛び、それに合わせて
「《我が身に降り注ぐ矢の尽く、風に流され散らばればいい》」
凛とした声が高らかに響いたかと思えば、ドーム状渦を巻いて流れる風の結界が広がる。
直後に矢が雨のように飛んでくるも、『
「妖術師殿、こちらはお任せしますぞ。リーアス殿、前にいる傭兵団の皆に伝令を」
「了解です!行くよ、ユリちゃん」
「はい、主君」
リーアスは自前の馬に跨り駆け出す。傭兵団の乗る馬車は四つ前、彼に任せるのがいいだろう。
「誰か馬車を急がせる術はありますかな?」
「任せてよ!」
フィサリスが立ち上がり、竪琴を奏で、
「《風よ、風よ、麗しき
それは、『真なる言葉』で紡がれた歌による呪文の発動の合図だ。
『
しかし、これでは歩兵が置いてけぼりだ、しかし、彼らも殿として残る覚悟はできている。
矮小に見える
「別働隊があるやも知れぬ、ここはお任せあれ」
「死ぬなよ!」
「死んでも祝詞は上げてやらねーぞ!」
知り合ったばかりの仲間の声援を背に受け、後ろから迫りくる不届き者を迎え撃つ。
両の拳を握りしめ、腰を落として構えをとってところで頭の上の違和感に気がついた。
「ぷい」
「おや、ついてきたのですかな?」
「ぷい」
思わぬ闖入者だ。
ずっと眠っていたためてっきり馬車に置いてきたものだと思っていたが、いつの間にか着いてきていたらしい。
気を抜いていたつもりはないのだが、居るのならば仕方ない。
さて、気を取り直したところで、というところにこちらに近づく一頭の馬がある。
「おまたせしました、僕も付き合いますよ」
リーアスだ。
彼の鎧兜に
「《大地母神の加護ぞある。我らに岩を砕き、地を裂く大樹の如き力を授け給え、我らに天を覆い、どこまでも枝伸ばす大樹の如き命を授け給え、我らに嵐を耐え、冬を越える大樹の如き守りを授け給え!》」
立て続けに唱えられる祝詞に応え、大地母神はその信徒に、信徒に並ぶ者に『
「さぁ、征くぞ!」
大きないななきとともに、一番槍が駆け出した。
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