竜魔激突⑧

 ガンガンと戦鎚と大盾のぶつかり合う金属音が神殿前の広場に響いていた。力任せに振り回される嵐のような猛攻を、反らし、流し、あるいは躱し、そのことごとくを無に返している。

 リーアスはその小柄な体をしっかりと地面に据えて、見事に衝撃を逃しているのだ。

「くそ……どけぇ!」

「どかないっ!」

 防戦一方のリーアスが追い詰められているように見えるが、実のところ追い詰められているのは実はグレゴリオの方だった。その背中は多量の矢が突き刺さり、剣山か、あるいは槍衾の有様だ。

 その矢の雨を降らせているのはスィダーだ。彼もまたリーアスとともに駆けつけてきていた。

「全く、草原族ヒュームから妖巨人トロルの類が生まれるとは……」

 もう一発、五人張りの大弓から放たれる小槍と見紛うほど程の矢は、近衛兵仕様の上質な重装甲ですら容易く貫き肉を食い破る。攻撃を受けてグレゴリオが視線をそちらに向けた瞬間。その顔面を大盾が強かに打ち付けた。

「ぐぅ……」

 どんな大男でも、体の末端、とくに顔を打ち据えられてはどうしても動きが一瞬強ばる。打ち据えられることを前提に修練を積む武道家とは異なり、ただの戦士は戦闘中に顔を殴りつけられることなどはほぼない。

「お前の相手は僕だ!」

 リーアスの挑発に乗ったグレゴリオはまた戦鎚を振りかぶり、リーアスに振り下ろす。

 このやり取りが何度も続いているのだ。背中の矢を見る限り、少なくとも十度は超えている。

 グレゴリオは愚鈍だ、何も考えないからこそ『聖域サンクチュアリ』を突破し、無数の矢の痛みに耐えている。しかし、愚鈍だからこそ目の前のリーアスという障害に固執し、しなくてもいい消耗を強いられている。

 これは、根比べだ。

 リーアスの消耗が先か、グレゴリオの消耗が先か、どちらかが倒れれば勝負は決する。

 しかし、リーアスは負けることなど微塵も考えていなかった。大地母神に使える聖騎士が、その神殿をその身を呈して守護しているのだ。優しい大地母神が、加護を与えないはずもない。

 守りに専念しろ、他はみんながやってくれる。

 リーアスはそう自分に言い聞かせながら、遅いくる死の猛攻を捌く。一つでも対応を間違えればその金属の塊は鎧ごと自らを押しつぶすだろう。

「《汝の脚を引くものはなし、汝の肩にかかるものなし、我はその背を押すものなり》」

 フォンテーヌの言葉が紡ぐ『軽快フェザーステップ』の呪文により、鎧の重さや疲労が消し飛んだかのように万全以上の動きができる。その名の通り、羽のような軽い足取りで有利な位置へ、有利な態勢へ……。

「《育てよ育て、豆のつる、天の巨人を引き下ろせ!》」

 フィサリスがグレゴリオの足元に投げつけた種子が急速に成長し、グレゴリオの体を絡め取る。動きがさらに鈍り、戦鎚の速度は目に見えて堕ちている。

 しかしそれでもまだグレゴリオは止まらない。まるで土人形ゴーレムのようだ。一度された命令を愚直にこなすことしかできない。その仇がここに来て致命的に足を引っ張っている。

「くそ!どけ!どけ!でないと!」

「でないとどうなる!」

 リーアスが息を合わせて盾をぶつけると、ついにその巨体が大きく揺らいだ。胴体はどうぞ狙ってくださいと言わんばかりにがら空きだ。

 その時、リーアスは初めて攻勢を取った。魔術の効果により彼には鎧の重さは感じない、しかし、実際にその重さが消えているわけではない。

「倒れろ!」

 その重量で突進チャージをかませば、体勢を崩した大男程度、転ばせるには十分すぎる。

 グレゴリオは防戦一方だったリーアスの唐突な攻勢に対応することができず、背中から倒れ込んだ。

 山のように矢が刺さった背中から。

「ぐあああああああああああ!!!!!!」

 その体重が、刺さった矢をより深く、筋肉へ、更には内臓へと押し込んでいく。さすがのグレゴリオもこの激痛を無視することができない。感情が高ぶり、より本能に根付いたものへと思考が近寄っていく。

「ぐうううううううう!!!!!!」

 もはやそれは人間と呼ぶにはおこがましい代物だった。巨大な猿、大猩々、人の形をした妖巨人トロル。白目をむいて低い唸り声とも鳴き声とも区別できないそれは、いままで両手で保持していた戦鎚を片手で振り上げた。

「まだ倒れないのか!」

 スィダーは狩人の経験上、流れ出た血の量からもう死んでもおかしくないはずだと算段をつけていた。しかし、目の前のそれは、その常識から外れている。

 彼らは知らない。その巨体には『再生リジェネレーション』の秘術がかけられていることを。魔力はとうの昔に食い尽くされ、グレゴリオの精神力を魔力の代償として食い荒らし無理やり戦わされていることを。

「もう少し、もう少しだ!」

 それでもリーアスは諦めない。彼女はきっとやってくれる。それまで耐え忍ぶのが僕の役目だ。何度もやってきたことではないか。

 本能のまま暴れる獣は、ついに背中に刺さる矢や、足元に絡みつくツタを無視して目の前の障害に専念し始める。

 しかし、次第に精彩を欠き、鳴り響く金属音は小さくなっていく。

「今だ」

 その小さな呟きを、森林族エルフの長耳は金属音の嵐の中からかいつまむ。

 スィダーは剛力の水薬ストレングス・ポーションを飲み干し、最後の一本。いや、とっておきの切り札を弓に番える。

「曲打ちの類か、私は芸人ではないのだぞ!《燃えろ燃えろ狐火ウィル・オ・ウィスプよ!怪しき炎で剣を包め!》」

 それは、矢と言うには巨大すぎる。精霊の炎で包まれたそれは、大地母神に祝福された『突撃槍ランス』だ。

 騎兵の突撃に耐えることのできる歩兵はいない。

 グレゴリオはその体に大穴を開け、ついにその使命をまっとうすることはできなくなった。

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