竜魔激突⑨
「次から次へと、懲りぬ奴らだ」
「もう二度と呼ぶな、もう、二度と、だ」
フゲンは辟易した様子で何度も強調するように指を突きつける。
「ふははははははは……」
ミロクは大して気にした様子もなく、一面血肉の海と化した平野を見渡した。
もはや地上に顕現した地獄絵図だ、そこに放り込まれているのが地獄で人を苦しめているという魔族だというのだから皮肉が効いている。
それでも魔族は止まらない。これ以上続けても、損失し続けることは目に見えているのに、今まで投入した投資が惜しいために、投資をやめられないのだ。
純白の鳥を追い求め、全ての矢を撃ち尽くしてもなお石を投げ続ける狩人のように。
「これだけ犠牲を払ったのだから、成功させなければ意味がない……か。耳が痛い話だ」
「ふん、計画は失敗すること前提で建てるものだ。
フゲンの吐き捨てるような言葉に、ミロクは口角を釣り上げた。
「いかにも、いかにも。さぁて、そろそろ話がわかる相手が出てくる頃合いなのだが……」
「相変わらず勘のいいやつだな貴様は、来たみたいだぞ」
指差す先に目を向けると、夜空の中に巨大な黒い穴が空いていた。そこから舞い降りるかのように足元から出現するのは、まさに魔族を統べるに相応しい威容だった。
天を衝く巨体。光を吸い込むような真っ黒な大鎧。背には蝙蝠のような巨大な翼。呪いを煮詰めて打ち上げたような大剣。
国を滅ぼし、多くの人間を恐怖のるつぼに叩き込む。その所業も、実力も、魔力も、魔の神の称号は伊達ではない。
本来ならば、出現した時点で各国が力を合わせ、選りすぐりの精鋭を『勇者』として送り出すものなのだが、そういった人類種至高の戦士は今ここにはいない。
いるのはただ二人の
それにもかかわらず、ミロクは笑っていた。獲物を見つけた肉食獣のように、どこから食いちぎってやろうかという目線を向けている。
「下賤な蜥蜴風情が!!!よくも我が計画の邪魔をしてくれたな!!!!」
雷轟のような声が轟く、心の弱いものならその威圧感だけで死に絶えるような咆哮を真正面から受けてなお、二人の竜人は意気軒昂と笑っている。
彼らにとって、それは闘争心を煽る燃料でしかなかった。
「相手にとって不足なし!!!」
「某が熱量の制御をする、貴様の獲物だ。全力で暴れるといい」
「あいわかった!」
ミロクが両の手を打ち合わせると、いいしれぬ焦燥感のようなものを
何かよくわからないが、早く手を打たないと大変なことになる。
「そのまま死ねぇい!!!」
だからどうにかしなければならないと、
「早くしろ。こういう力任せの手合は貴様で十分だ」
「ふははは、落ち着きなされよ」
ミロクは体中の気を練るようにして、中枢にある無限とも言える莫大な
もっと力をよこせ。もっと、もっと!
「ふはは、ふははは、ふははははははははは!!!!!!」
滲み出る余剰熱が陽炎を産み、赤の竜人の姿が揺らいだようにも見えた。いや、違う。体格が大きくなり、明らかに形状が変わっている。
「何をしでかすつもりだ!!!!」
「そう焦るな、もう少し待てば分かることだ」
「秘剣、見せてやろう」
フゲンは『
「呪文を打ち返すだと、そんな馬鹿な!そんなことがあるか!!」
自らが放った雷で自らを焼かれ、そのしびれで体がうまく動かせない。
ありえない、そんなことは不可能のはずだ。そんな話はいままで聞いたこともない。そんな心の声に堪えるかのように、フゲンは笑う。
「死ぬものにしか見せん。故に秘剣だ」
「我が!この我が死ぬと!笑わせてくれるな!」
聖なる力でもなければ、あるいは、それを上回る暴力でもなければ
「呪文を返すというのなら、力だけで討ち滅ぼせばよいだけのこと」
巨大というものは、それだけで脅威だ。巨獣の身じろぎ一つで小虫が死ぬように、その暴力は確実にフゲンの体力を削っていく。
だが、時は満ちた。産声のような咆哮を上げ、天には暗雲が立ち込める。雷鳴が鳴り響き、その巨体を稲光で照らし出す。
「さぁて……」
立ち並ぶ剣山のような牙、城塞のような堅固な鱗、巨大な翼はその体躯を自在に空を舞わせ、長い尾は破城槌の威力を持つ。焦熱と硫黄を身にまとう、あまねく生物の絶対王者。
「嬲り殺しにしてやろう」
鳴り響く轟雷とともに放たれた咆哮が空気を揺らす。最強を示す象徴が2つ、嵐の中に相対していた。
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