はじまりの街の話⑥

「さぁ、一網打尽といこうか……」

 暗闇に浮かぶ一対の黄金の目に見据えられ、野盗の集団は動くことすら許されていなかった。

 まさに蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つ動かすことすら許されない。

 蛇鶏コカトリス王蛇バジリスク邪視イビルアイに似ている、と術士は思った。

 しかしそこに魔術特有の魔力の流れが感じられない。

 それよりももっと根源的な、『動けば死ぬ』という恐怖により集団が縛られていた。

(まずいまずいまずいまずい、ただのお遊びのつもりだったのに。こんな化け物がいるなんて……!)

 野盗に紛れた術士は、恐怖に歯を打ち鳴らすことすらできずに居た。

 復讐に燃えるバカを利用し、実験台にするまでは良かった。

 向かった先に居たのがまさか蜥蜴人リザードマンだとは思わなかったが、この国にはほとんど居ない蜥蜴人の実力を図るよい機会だと見物することにしたのも、まぁよかった。

 そして今のこの状況はなんだ?

 たった一撃もらうだけで魔力がごっそりと持っていかれ、魔力源の魔石ももう3つが輝きを失った。

 そのくせ向こうは無傷、振るわれる大鉈はその全てが空を切り、それに合わせるように打撃が撃ち込まれ手ていると思ったら今度はあの巨体を投げ飛ばす。

 冗談じゃない、逃げてしまおうかとしていたところに、これだ。

 股間が一瞬暖かくなり、夜風に晒され一瞬で冷たくなった。

 まだ距離があるはずなのに、逃げようと動けば一瞬であの拳が胴体を貫くと本能が警告していた。

 そして、逃げなくとも死ぬということも、すでにわかりきっていた。

 あの男は面倒臭がっているのだと理解してしまった。

「灰燼に消えませい」

 その口元に強烈な光と熱を見た。

 それが急速に増大し、離れていても熱を感じる。

 それに混じって硫黄の強烈な臭気が鼻を突く。

 呪文ではない、魔術ではない、魔術ならば『抗魔カウンターマジック』で打ち消す事もできるのに、それは不可能だ。

 蜥蜴人は独自の呪文で火を吹くというが、目の前のそれは別物だ。

 例えるならば、『龍の息吹ドラゴンブレス』。

 ならばあの男は……。

竜人族ドラゴニュート……!」

 そう小さく、吐き出した息に混ぜるように呟いた。

 伝承のみで聞く龍(ドラゴン)の力を持った種族、人の姿を持った厄災。

 術士は周囲の野盗より格段に頭が良かったし、知識もあった、知恵も回るし、間抜けではない。

 だが、経験は圧倒的に不足していて、そのくせ知識は一人前だ。

 これから降り注ぐ厄災を予見できているのに、回避できる手段を持っていなかった。


 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――――――――――


 竜人の口内に収束した熱量エネルギーがひときわ大きな輝きを見せたかと思えば、甲高い音を伴って吐き出されたそれは超高温の一条の光の束となって大男を飲み込んだ。

 そしてそれだけでは済まない、その余波で放出された熱波が取り巻きの野盗に瞬時に襲いかかる。

 直撃した大男と、光線の付近に居た野盗は幸運と言っていい。痛みすら感じずに消滅、あるいは即死することができたのだから。

 そこから少し離れたときろにいた連中は悲惨だ。

 即死は免れたものの、発火温度に達した衣類が燃え上がり、火達磨になってもがき苦しんでいる。

 あるいは、肌が焼け、熱を持った空気で肺が焼け、光のせいで目が焼け、またはその全てに苦しむものも居た。

 阿鼻叫喚の地獄絵図というのはまさにこのことだった。

「ふむ、感情的になりすぎたな……」

 一方でその惨状を巻き起こした張本人は至って涼しい顔だ。

 やりすぎたため事後処理が大変なことになる、下手をすれば明日にでも街を追い出されるかも知れないという危機感こそあれ、その光景に対しては極めて達観した視線を送っていた。

「な…………うそ……………………ぁ……」

 術士はかろうじて生きていた。保険のために自分にも『再生』を使用していたためだ。

 だが、それだけでは足りなかった。

 魔石の全ては輝きを失い、自らの魔力も底をついてなお、再生し切ることはなかった。

 残酷なことに、中途半端なところで術が切れてしまったせいで、苦しむ時間は人一倍長くなることだろう。

「何の音だ!…………これは…………?」

 熱量もそうだが、音も尋常ではない。駆けつけたスィダーはあまりの光景に絶句した、

「失敬、少々やりすぎてしまったようで」

「やりすぎという規模じゃないだろうこれは……どう収拾をつけるつもりだ」

「見当はついておりまする」

 ミロクは死屍累々の中を悠々と進み、まだ息がある男の前で止まった。

 件の術士だった。

「彼奴は『再生』の呪文で生かされておった、なんとなしに術士が近くに居ることまではわかっていた。それが此奴よ」

 息も絶え絶えの術士の首根っこをひっつかんで持ち上げると、残酷なことにミロクは治癒の祝詞を上げる。

「《我が血に混じりし頑健なる者よ、その力の一端を貸し与え給え》」

 焼かれた皮膚が、肺がその形を取り戻し、白く濁った瞳に光が戻る。

 しかし、治療に特化した術士の呪文と異なり、その効果は万全なものではない。

 あくまで、治療をしても死を待つのみだったのを、治療をすれば生きながらえる程度にしたにすぎない。

「これで、衛兵に突き出す首の確保はできましたな」

 ふははと笑うミロクをよそに、スィダーの表情は引きつったままだった。 

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