交易都市ウェストヒルズ③

「ねぇ、ミロク」

「なんでしょうか?」

「ぷいちゃん抱えさせて?」

「構いませぬか?」

「ぷい」

「構わぬそうだ」

 ミロクは頭の上に乗っかったコットンをグレースに手渡した。果汁でベトベトになった体も、借りた井戸でしっかり洗ってミロクの熱で乾かしたおかげでふわふわだ。

「うーん、もふもふでちゅねー。あれ?若干重くなったかな?」

「ぷぃー」

「そりゃああれだけ食べれば重くもなるわよ」

「まん、ぞく……」

 主に大食いの一人と一匹により、酒場を出る頃には日はやや傾きかけていた。

 街道を行き交う人々の流れは複雑怪奇、ミロクが流れを割るようにして歩かねば小柄な妖術師ははぐれてしまいかねない状態だ。この街で案内人が仕事として成り立つのも納得だ。きっと熟練の船乗りのような観察眼があるのだろう。

 ウェストヒルズは交易都市と言われる通り、様々な物品が流れている。材料、食品、日用品に人夫に奴隷、貴重品、もちろん両替屋も複数軒を連ねている。そのどれもがピンからキリまでよりどりみどりだ。

「そうだ、後で肉屋に寄っておかねば」

「なんでさ。まだ食うのか?」

「妖術師殿ではあるまいし……脛を叩くのはやめてくだされ」

 こればっかりはミロクに落ち度があるため誰も諌めることはない。当人としても分厚い鱗に覆われた脛を細腕で叩かれても痛くはないため口調は冗談交じりだ。

魔狼バーゲストに餌をやらねばならぬ」

「あ、あいつか。結局どうするんだ?」

 魔物の類は普通は街に入った時点で殺処分は免れ得ない。しかし、一部の獣使いテイマー等は自身が責任を持つ上で関を潜ることは許されるが、昨日今日調伏したばかりの野良を入れるのは流石に無理があるのではないだろうかという疑問があった。

 短い付き合いだが、グレースはなんとなく愛着が湧いていたので少なくとも生きていることに安堵した。

「商業ギルドに掛け合い、仮に登録させてもらった」

「あー、そういえばなんか話してたな」

 先日、納品のために商業ギルドに訪れたとき、ミロクが何やら職員と話し込んでいたのを思い出した。グレースは金銭以外は興味がなかったので半分船を漕いでいたので話は全くといいていいほど聞いていなかったらしい。

「ふはは、我よりもこの認識票のほうがよっぽど顔が利きまする」

 ミロクは首に下げた黄金色の認識票を揺らしてみせる。たしかに、どこの誰ともしれぬこの異形の巨漢より、由緒ある王族の名が刻まれた認識票がの方が顔が利くのは当然だ。

 フィサリスはそれを覗き込んでいぶがしげな視線を投げかけた。

「それどうやって手に入れたの?」

 どうみても真鍮ではない混じりけのない黄金。込められた魔術に王の名。どこの誰ともしれないこの男が持つには一見分不相応にみえるものだ。

「ふはは、実は国王とは面識がありましてな」

「嘘くさーい」

「ふはははは……」

 ミロクははぐらかすようにわざとらしく笑ってみせると強引に話を逸らすようにしてコットンをもみ続けるグレースに顔を向けた。 

「顔が利くと言えば、グレース殿はこの街の神殿に顔が利くので?」

「まぁね、アタシの拠点だもん。ここを中心に、神官の常駐してない村々を回ってんのサ。お、見えてきたぜ」

 グレーズが長杖の先端で示した先には、半ば樹木に埋もれるようにして尖塔が立っていた。

「けっこう古い木ね。私よりも年寄りよ、アレ」

「森林族の年齢はわかりませぬ」

「アンタに言われたくないなぁ……」

「……み、えな、い」

「抱えますかな?」

 ミロクの提案に、妖術師はふるふると首を横に振った。流石に抱えあげられるのには抵抗があるのだろう。

「大地母神の神殿は、建立した際に真横に木を植えるのサ。中央大神殿の世界樹ユグドラシルから枝分けしたありがた~い苗木をね」

「それがどんどん育って建物を飲み込むというわけね!」

 自慢気に語るグレースだが、フィサリスに遮られてその表情はあまり面白そうではない。

「そ、この街の教会はたしか四百年ほど前に建てられたんだってサ」

 だからだろうか、仕返しとばかりにフィサリスの年齢を推測できるようなことを言うのは。

「おや、結構お若いのですな」

「あによ」

「ふはは、なんでもありませぬ。それよりもグレース殿。そろそろ辞めて差し上げてくだされ」

「なにを?」

「ぷい……」

 もみくちゃにされて疲弊した様子の毛玉が助けを求めるような視線を向けていた。やっと気が付いたかと言わんばかりに短い手足をじたばたさせて暴れている……つもりのようだ。

「あ、ごめんねぇぷいちゃん。ほら、返す……とどかねぇよ屈め!」

「手渡しでよかろうに」

 どうしても頭に載せたいグレースの手から毛玉を受け取ると、毛玉は逃げるようにしてミロクの頭上へとよじ登り、「ぷぅー」と謎の鳴き声を上げている。おそらく威嚇の声なのだろう。

「グレース殿は加減を知りませぬ」

「だってさわり心地いいし」

「私もさわってみたいなー」

 妖術師も同意というふうに頷いている。皆こういうのが好きなのだろうか。

「今は無理であろう、ほれ、怯えておる故。それより、さっさと入りましょうぞ」

 いつのまにか樹木に埋もれた白い漆喰塗りの尖塔はすぐそこにまで迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る