交易都市ウェストヒルズ②

 昼時の酒場は食堂を兼ねており、旅人や周囲の店の商人や職人が食事に訪れていた。いつもは雑談で賑わう食卓がいくつも並んでいるのだが、今日はその賑わいの中に吟遊詩人の竪琴の音が華を添えている。

「こちらに居られましたか」

「ぷいー」

「うぃ、降りてきたってことはグレースちゃん起きたかな?」

「……」

 大きめの長机を二人で占拠しているのはフィサリスと妖術師だ。たった二人にも関わらず、その机の上には料理が所狭しと並べられている。ミロクが席につくと、コットンは頭の上から飛び降りて果物の山に駆け込んでいった。

「うむ、もうしばらくすれば降りてくるでしょうや」

「それじゃあ、みんなでご飯ね!」

 フィサリスは演奏の手を止め、投げ銭を数え始める。なかなかに俗物的な森林族エルフもいたものだ。対する妖術師は山のような料理に囲まれてそれを息をするように次々と吸い込んでいる。

「……よう食べますな」

 昨日の酒宴の際も酒には目もくれず運ばれてきた料理を黙々と食べていたことを思い出した。体格の割によく食べるものだと思っていたのだが、まさかこれほどとは思わなかった。

「……た、びの、とちゅ、う。はも、のた、りな、かった……」

「え、あれで!?」

小人族ハーフリングとはよく食べるのですなぁ」

「大食らいな種族よー。ここまでのは珍しいけど……」

 ミロクは長い間旅をしてきたが、よく考えてみれば小人族と食事をとったことは殆どない。そもそも小人族というのはあまり世間を見て回ろうという種族ではなく、あまり国を出ることはない。もちろんミロクから国に入ったこともない。

 小人族の国はたいてい地下にある上に、小人族にとって過ごしやすいような作りになっているため、体格が三倍以上あるミロクはそもそも小人族の国には物理的に入ることができないためだ。

「ふはは、世界は広いですな」

「いきなり何言い出すのよ……」

「いやなんでも。あぁそこな給仕よ、鶏でも焼いて持ってきてくださらぬか?」

「一緒に摘んじゃえばいいのに」

「自分の食い扶持くらい持ち合わせてあります故」

 フィサリスはおそらく妖術師が注文したと思しきスープの皿に無遠慮に手を付けた。硬い黒パンをふやかして大口を開けて一口。仮面の下から突き刺さる視線を気にすることもない。

 そういえば此度の仕事で知り合った女性はどれもこれも気品にかけている気がするなどと失礼なことを考えながら早速運ばれてきた鶏の揚げ焼きを強靭な顎でもって強引に骨ごと噛み砕く。

「骨ごと食べるやつ初めて見た」

「ふはは、骨の髄にこそ栄養があるのですぞ」

「そう?別にいいけど……って妖術師ちゃん真似しちゃってるじゃん。やめなやめな、そのちっちゃい口じゃ噛み砕けないって」

 がじかじと骨を齧る、もといしゃぶる妖術師を諌めるフィサリスをみているとなんだか姉妹のようで微笑ましい。

「ぷい」

「はいはい、おかわりですな……」

「ぷいぷい」

 こいつはこいつでよく食べる。皿ではなくて籠でも持ってきてもらうべきだろうか。相変わらず果汁まみれだ。また井戸を貸してもらうしかない。

「全く、果物も井戸も只ではないのですぞ」

「ぷいー?」

「こういうときだけ分からない風を装うのはやめなされ」

「ぷい」

 そっぽを向いてしまった。やはり人の言葉を理解しているのではないか?一体どういう経緯であの檻に収まっていたのかが非常に気になるが、まぁ後ほど考えるとしよう。

「やはー。おはよー」

「おぉ、ようやっと降りてきましたな」

「女の子は身支度に時間がかかるんだぜ」

 どうお世辞を重ねても“女の子”ではないという言葉をミロクは肉と一緒に飲み込んだ。

「胃の中がすっからかんだよ、喉もいてぇし……」

「そりゃあ……ねぇ……?」

「まぁ、あれだけ飲めば戻しますな……」

 妖術師も声こそ出さないが、同意するように頷いている。これだけ食べても戻さないのだろうか。顔色はわからないが、匙を持つ手は止まらない。

「そこのねぇちゃん、麦粥かなんか持ってきてー。それとお酒……」

「まだ飲むのか」

「懲りないわね……」

「ここまでひどいと酒で迎えるしか無いんだよ!」

「酒神あたりに改宗なさるのがよろしいかと」

「いーい?大地母神の秋の豊穣祭では葡萄酒を造るのよ。それで、酒神は葡萄酒の神様。だから問題ないの!」

「グレース殿、それは麦酒ですぞ……」

 屁理屈を捏ねながら豪快にジョッキを飲み干すグレースにはもはや聞く耳など通じない。右から左へと入っては抜けていく。

「ぷはぁーっ!!!効くぅ……」

「話は聞いておらぬようだな」

「この程度大丈夫だって!それで、ミロクはともかくとして、あんたらはどうすんのよ」

 グレースは半ば訝しげな視線を二人に向ける。仕事での連れ合いではあれど、これ以上付き合う義理もない。お互いにお互いの目的があるだろうに、いつまでも卓を囲んでいる時間はないはずだ。

「……かい、じゅ、の。ぎ、しき、きょ、うみ。ある」

「私もそんなとこかな、いい物語になりそうって」

「見世物ではないのだがな……」

「まぁいいでないの!」

 背中をバンバンたたきながらグレースはジョッキの中身を飲み干した。

「もういっぱい飲んだら神殿に案内してやるよ」

「まだ飲むのか……」

「ん……おか、わ、り」

「まだ食べるの……?」

 テーブルを彩る料理の山は、もうしばらく消えそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る