中央への道
中央への道①
中央、交易都市ウェストヒルズへ向かう
出発を告げる
二頭立ての馬車がなんと合計八台に加えて、兵士の乗る馬が一六に歩兵が二十四人も加わる軍の補給隊さながらの大所帯。
それに加えてもう一頭。傭兵として雇った
見送る人の数も多く、そのおこぼれに与ろうとする露天商が多く軒を並べている。
そのお祭り騒ぎも、全てはこの商隊に商人ギルドの重鎮クレイドルの一人娘であるミラ嬢を初商談のために同行すると言い出したのが始まりだ。
高齢のクレイドルが初めて持つ娘には、いくら金をかけても惜しくはないということだろう。
誰もが過保護だと声を上げたいところではあるが、相手は商人ギルドの重鎮ということもあり、護衛を雇う金も全て自分で出すというのであれば誰もが文句は飲み込めるというもの。
その馬車の一つ、荷物ではなく護衛の傭兵が詰められた荷台にミロクは乗っていた。
今日は運ぶ荷物がない上に馬車に乗れるので気楽なもので、大きな体格を丸めて座禅を組むようにして瞑想をしていた。
身なりこそ派手ではあるが、これでも一応
しかし膝の上で寝息を立てている毛玉も合わせるとなんだか間抜けに見えて仕方がない。
「それにしても……」
伏せていた目を開き、ミロクは商隊を見渡して一息つく。
「まさかこの荷馬車の列に商品が乗っているものの方が少ないというのは、驚かされましたな」
「全くだ」
スィダーも同意とばかりに大きくため息を吐いた。
この八台の馬車のうち、商品を積んだ馬車はわずか三台しかない。
残りは傭兵を乗せたものが二台、ミラ嬢の乗る馬車と、彼女の私用品を乗せたものが二台という明らかに常軌を逸したとしか思えない配分だ。
「よほどの箱入りなのでしょうなぁ」
「その分、実入りはいいぜ」
話に割り込んできたのは
体のラインがはっきりと現れる、腰元まで大きく
甘ったるい香りが周囲に漂い始めるが、すぐに風に流されて消えていく。
「あぁ、わりぃわりぃ、自己紹介してなかったね。アタシはグレース。『
「それでそんな娼婦じみた格好をしているのか」
「スィダー殿……」
大地母神は豊穣を司る神であり、農業、牧畜、性愛と関わりの深い神とされている。
信心が薄い者からは娼婦のたぐいだと失礼なも目を向けられることも少なくないため慣れているのか、スィダーの失礼極まりない言葉にも寛大な様子だ。
「これは動きやすいからだよ。まぁ、そういうこともしてるけどサ」
高いぜ?と小さくささやくと、彼女は太ももを大きく露出させてみせるが、スィダーは顔色人使えずに目をそらした。
対する彼女も面白くないと言わんばかりに舌打ちを一つ。
「我が言うのもなんですが、結構な破戒僧ですなぁ……」
「これでもきちんとした神官だぜ?本当サ。ところでそりゃなんだい?」
「これか」
ミロクは膝の上で眠る毛玉を持ち上げてみせる。
動かされても身じろぎ一つせずに眠るそれは眠る前までかじっていた干した果物を大切そうに抱えて落とさない。
「さっぱりわからん。元の群れか、飼い主に返そうと思っておるのだが、見当もつかぬ」
「うーん……アタシも初めて見るわ」
そう言って無遠慮にもさもさと撫でているが、まるで起きる気配がない。
これが野生であればとっくに絶滅しているだろうし、どこかで飼われていたのだろうことだけはわかるのだが。
「手触りは毛の長い猫みたいだ。毛の弾力はすげぇけど」
「ぷい?」
「あ、起きた。おはよぉ毛玉ちゃーん。お名前はなんですかぁ~?」
グレースは毛玉を取り上げると絵に書いたような猫なで声のお手本のような口調でもこもこと撫で上げる。
「ぷい」
「ぷいちゃんですかぁ?かわいいでちゅねぇ~」
「ぷいぃ……」
「それは鳴き声ですぞ」
「わかってるわそんくらい、つーか名前くらいつけてやれよ」
「ふーむ、しかし我、名付けなどしたことがない故に」
「
「よく知っているな、そうだ」
感心したように頷くスィダーに、こいつは案外褒め殺せば容易そうだとグレースはほくそ笑む。
「ふーむ、そういうものなのか。しかし我、蜥蜴人ではない故に」
「違うの?」
「
「え、龍の血族?まじで存在してたんだ……」
「貴女もなかなか知識人のようで……」
「アタシの産まれは関係ないだろ、それよか名前だよ名前、今までなんて呼んでたんだ」
「「毛玉」」
口を揃えて言う男衆にグレースは頭痛がするとでも言わんばかりの大仰な仕草で眉間に手を当てた。
「いい?名付けっていうのは重要なの。この世界に生まれ落ちてきたことを示し、この世に結びつけるための楔にして縄、それが名前なの。わかる?大地母神様の教えでは……」
二人は顔を見合わせて、この女はたしかに聖職者だということと、この説教は長くなりそうだという気持ちを分かち合った。
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