中央への道②

「全たぁぁぁぁああああああい!!!停止ぃぃぃいいいいい!!!!!!」

 高らかな喇叭ラッパの音とともに商隊キャラバンはほどなくして足を止めた。

 予定通りに道を進み、初めの野営地までたどり着いていた。

 日はまだ高いが、この規模の商隊ではこの時間から野営の準備を始めなければ日が沈んでしまう。

 結局の所、二人はその時間までたっぷりと見た目とは裏腹に敬虔な修道女であるグレースから説教を受けていた。

「全く、今日はここまでだ。ほら、野営の準備するよ」

「心得ましたぞ」

「心得た」

 荷物を担いで荷馬車を降りる彼女の背を見送って、哀れな男二人は顔を見合わせる。

「彼女の前では大人しくしていましょう」

「あぁ、逆らわんようにしよう」

「それに、これの名前も決めませんとな」

「ぷい?」

 毛玉は干した果物を齧りながらよくわからないと言った表情をしている。

 自分のことだというのにどこか他人事だと思っているのだろうが、それはまぁ仕方ない。

 それよりも、働かざる者食うべからず。野営の準備をしなければなるまい。

「森が近い、私は狩りをしてこよう」

「では、我は力仕事をば」

 人が多い分、やらなければいけないことも多い。特に狩猟が出来る人間がいれば旅の楽しみである食事は重要だ。

 狩りや採集が出来るのであれば保存食を節約できるし、新鮮な肉や果物を食べることも出来る。

 おそらくスィダーはそのために呼ばれたのだろう。

 他方を見ればグレースが地面に聖水を巻いて祝詞を捧げている。結界を張る儀式だ。

 この世界、ともかく敵というものが多い。野盗に野犬、森が近いためにもっと危険な野生動物が出るかも知れないし、小鬼ゴブリンの群れが襲ってくるかも知れない。

 ともかく、彼女が行っている儀式はそう言って害意を持って近づくものあれば、その侵入を防ぎ接近を知らせる『聖域サンクチュアリ』と呼ばれる結界を張る儀式だ。

 それを使える術者は多くはない。彼女もまた手練というわけだ。

 そうやって二人が己の特技を最大限活かして働いている横で怠けているわけにもいかない。

「すまない、我にもなにか手伝わせていただけませんかな?」

「あぁ、竈を拵えてくれるかね、どうやら壊れちまってるみたいでな」

「あいわかった、力仕事はお任せあれ」

 崩れた竈を積み直すのもまた重労働だ。洞穴族ドワーフでも居ればたやすく修理してしまうのだが、残念ながら今日は居ない。

 重たい石煉瓦を積み直して崩れた箇所を補修するには、力と技術が必要だ。

 技術はもとより、力は十分に有り余っている。支えているうちに他の誰かが補修をしてくれるので何も問題はない。

 そうやって力を合わせ、足りない箇所を補い合いながら野営の準備は着々と進む。

 グレースの儀式が成り、大地母神が賜る奇跡の暖かさが空間を包み込む。

 スィダーが狩ってきた鹿や兎が解体され肉へと加工されていく。

 他の傭兵も天幕を貼ったり馬の世話をしたりする中、沈黙を保っている馬車が一つ。

「ふぅむ、やはり出てきませぬなぁ……」

「仕方ねぇよ、いいとこのお嬢ちゃんなんだし、アタシら庶民とは一緒にしないでほしいのさ」

「ふん、商人の娘だろう、貴族ではあるまいに」

 この三人は今の所例のお嬢様の顔すらも見ていない。ずっと馬車に引きこもったっきり出てくる様子はないが、使用人が出入りしていることからそこにいるということだけはわかる。

 いわゆる箱入り娘というやつだろう。この私物の数も彼女の我儘によるものだというのが共通の見解だった。

「ともかく、メシにしようぜ、アタシゃ腹減ったよ」

「ふはは、そのとおりであるな。見張りの輪番の相談もせねばならぬ。傭兵同士で語らいましょうや」

「賛成だ、こいつの名付けの相談もしなければ、また小言に付き合わなければいけないからな」

「ふはははは」

 野営地には兵士は兵士、御者は御者と各々固まって焚き火を円座で囲っている。

 特にこれと言った差別意識はないのだが、それ以上の同族意識というものがそうさせているのだろう。しばらくして酒が入ればそれも崩れよう。

「どれ、我らも混ぜてくれませぬか?」

「あぁ、どうぞ座ってください」

 その円座の一つを形作る集団は、雑多で統一性のない個人の好みや適正似合わせて改造された装備を纏っており、如何にも傭兵の集団といった様相だ。

 甲冑装備の自由騎士フリーランサーとその従者らしき軽装の斥候スカウト、共通の手斧ハチェットを腰に携えた五人組の傭兵団フリーカンパニー竪琴ハープを弾く森林族エルフ吟遊詩人バードに、小柄な小人族ハーフリング妖術師ソーサラー

 修行僧モンクであるミロク、巡回説教者サーキットライダーグレース、狩人ハンター精霊使いシャーマンのスィダーも合わせて術士もかなり多く、それだけ金もかかっているのがよく分かる。

「さて、これで全員かな。早速だけど、野営の順番を決めましょうか」

「ふはは、騎士殿、そう急がれるな」

「そうだそうだ、小僧!まずやるべきことがあるだろう!」

 きょとんとする若い騎士を尻目にがははと笑う傭兵団の団長らしき男はジョッキを掲げ高らかに宣言した。

「乾杯だ!」

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