中央への道⑬
一仕事終えて森(と呼べるほどの緑はもはや残っていないが)から出ると、離れたところに死屍累々が横たわっていた。
見たところ逃げたか、生き残ったかはわからないが、死体の総数は最初に見た数よりも少ない。だが、確実に半数以上は死んでいるとなれば……。
「ふむ、お互い壊滅か……この差でよぉ頑張りましたなぁ」
その死屍累々の中には馬の死体も、白百合の鎧もない、リーアスは無事だろう。
街道に向かってしばらく歩いて見れば、野営地に数人の人影が見えた。
「ふむ、よぉ生き残りましたな。おぉ、お二方もご無事で……」
「それはこっちの台詞ですよ!!」
「いやぁ少々熱が入りすぎましてなぁ……ふはははは」
「熱でどうこうなる問題じゃないですよ!!重傷じゃないですか!」
「いやぁこの程度軽い軽い、見てくれはこの有様ですが、もう塞がっておる」
ミロクの腕に巻かれた拳帯は、出血により赤に染まっていた。その下の腕の有様はひどいもので、何度も刻まれた上に傷口は自らの炎で焼けてしまっている。当の本人は全く気にしていないようだが、どう考えても大怪我である。
「ふはははは、毛玉は少し焦げましたかな?」
「ぷい……」
「命からがらでござる……」
逃げる際に猛煙に燻されたか、毛玉のユリも未だに焦げ着く臭いを纏っている。真っ白な毛並みもわずかに黒ずんでいるのは日の当たり加減のせいではないだろう。
「それで、何があったんですか?」
「うむ、敵の首魁が中々に粘っておりました故、火を吹きもうした」
「火?」
「古今東西、
リーアスは未だ燃え上がる地獄の炎から吹き上がる黒煙を見上げた。大地母神様はこの所業をお許しになられるだろうかと心配だった。
急激に酸素が消費されたせいか、火の手はやや収まりつつあるが。しかしその火事の規模は凄まじく、ただ一人の男が引き起こしたと言ったとしても誰も到底信じることはできないだろう。
それ以前にこの男の言うことはどれも冗談めいて聞こえる。どこまで信じていいのかはわからないが、今は生き残っているのでまず良しとしよう。
「とにかく敵は死んだ。それで良いでしょう」
「……わかりました」
納得していない様子のリーアスだが、この男が襲撃に一枚噛んでいたとして、なにか追求しなければいけないことがあるとして、果たしてこの男を取り押さえることが出来るだろうかという疑問に答えることはできなかった。
「まだ街が近い、生き残った兵士は僕が送り届けます。ミロクさんは
「心得ましたぞ、我は信仰が異なるのでな、兵の供養はお任せしてよろしいか」
「構いませんけど……竜人流の供養でも大丈夫だと思いますよ。大切なのは弔う言葉ですから……」
戦場で自らの信仰と同じ神官が必ずしも同行しているわけではないし、神官が居ないことも多い。故に、生き残った者の信仰に従って供養や葬儀を行うという習わしがある。そのためリーアスにとってミロクの申し出は極めて不思議なものだった。
しかし、その申し出に困惑の表情を隠さないのはミロクのほうだった。
「……ふーむ、そう言えば話せていませんでしたなぁ……」
ミロクはぽつぽつと語りだす。そもそもとして竜血術にあるように、竜人にとって供養とはすなわち『喰らうこと』にある。その血肉を取り込み、自分と同一化させることでその意思や魂を受け継ぐことが彼らなりの供養なのだ。
長い旅路のさなか、そういった信仰の違いによりあわや同士討ちになりかけたことなど両手の指で数えるよりも多い。土葬により魂を母なる大地に返す大地母神、火葬により炎や煙とともに魂を天へと登らせる至高神、風葬により魂を世界に循環させる交易神などと信者が多い宗教から見れば、死者の血肉を喰らうなど冒涜も良いところだろう。
総説明されれば信仰心に篤いリーアスとしては供養を任せるわけにはいかなくなった。
「わかりました」
「それでは我は先に失礼をば、ほら、毛玉行きますぞ」
「ぷいー!」
しかし毛玉はユリの手から離れようとはしない、のだが短い手足ではジタバタしているだけで精一杯だ。ミロクの腕の中に収まるものの、機嫌はすこぶる悪い。
「ふはは、嫌がっておりますな」
「あんなに振り回されたらそりゃあ嫌がるでござるよ……」
「すまんな毛玉、以後気をつける故」
袖の内から取り出した乾燥させた果物を口元に押し付けてみるが普段の食欲が嘘のように顔を反らす。買収に応じるつもりは毛頭ないらしい。
「ぷぅ」
「うーむ、これは徹底的に嫌われましたなぁ……機嫌を直してくれるとよいのですが」
「こっちで預かりましょうか?」
「いや、我が面倒を見ると決めたのだ、途中で投げ出すのは一族の名折れぞ」
この人に家族とか居るのか、そういえば生き物だった、などという失礼な言葉がいくつかが頭をよぎるが、リーアスは口に出す前に飲み込んだ。
「それではまたどこかで、お二人とも元気でな」
そう言ってミロクは毛玉をあやしながら去っていく。
長い旅路のさなかに見た夢のようなその男とは、もう二度と会うことはないかも知れない。
しかし、リーアスはその男のことを生涯忘れることはないだろう。
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