中央への道⑭

 まだ低い太陽が長い影を伸ばす早朝のこと、真新しい蹄と轍の残る街道を、ひとつの人影が歩いていた。

「うーむ、追いつけると良いのだが……」

「ぷい」

 無論、赤の竜人ミロクである。頭の上に毛玉、もといコットンを乗せ、足早に街道を進んでいく。夜通し歩いていたものの、その顔に披露の様相は見えない。

「しばらくは夜通し歩かねばならんな」

 馬の脚に追いつくにはそうするしかない。食事も歩きながら取らなければならないだろう。本来であればどこかに腰を据えておくべきだが、やはりそうも行かない。

「ぷいー」

「ふはは、お前は寝てもよいのだぞ」

 不満そうに鳴き声を漏らすコットンだが、これは自ら歩いているわけでもない。ずっと頭の上に乗せて寝ていてもなんの問題もないのだ。しかし笠が焼けてしまったので雨が降れば問題になるのだが、それはその時考えよう。それよりも小腹がすいてきた。

 懐から取り出した包みを開いて中身を取り出す。ミロクの衣服もそうだがそれは自身が放つ超高温の炎に耐え、熱を遮断しうる赤龍レッド・ドラゴンの皮膜や体毛、牙や骨等の特殊な素材でできている。

 つまり、先刻の肉焼き骨焦がす超高温の戦いの中にあっても包の中の食料は燃え尽きていないということだ。と言っても多少乾いてはいるのだが。

 毛玉にやや干からびて皺が浮いている果物を渡し、自身は乾燥させた果物や木の実、穀物を混ぜて固く焼いたパンを頬張る。決して美味いと言えるものではないが、安い上に長持ちするため長旅には重宝する。

 街にたどり着けばそれよりマシな食べ物はいくらでもあるのでそれを楽しみにしていれば今の所不満はない。

「うーむ、それにしても……」

「ぷい」

「お前がいると話し相手には困らぬな」

「ぷい?」

 相槌か、ただ鳴いているのかはわからないが、話しかければ何かしら答えてくれるというのはありがたいものだ。自分で進んで引き受けているとはいえただひたすらに一人で歩くというのはひどく退屈だ。

「道程は長いな」

「ぷい」

「我も馬に乗れればよいのだが」

 ふと若い聖騎士のことを思い出した。彼のようになにか騎乗動物を飼うのも悪くないかもしれない。しかし何が良いだろうか。普通の馬ではこの巨体を支えきれない、輓馬が引く二頭立ての馬車ならば問題はないだろうが、輓馬二頭に馬車まで抱えるのは独り身には過剰だ。より多くの荷物を運べるのは魅力的だが、運べる場所が限られてくるのはあまり好ましいことではない。

 持ち物が多くなるとそれだけ守るものが多くなり縛られることになる。そうなると一気に人生(竜生?)が窮屈になってしまう。そんな面倒事はまっぴら御免、この身一つに背負えるだけで十分だ。

 しかし楽や贅沢がしたくなるのもまた人情というもの、それを否定できないからまだ未熟だと言うのだ。

「ままならぬなぁ……」

「ぷい?」

「いやこちらの話よ。そう言えば魔狼バーゲストは大きいと聞くな。騎乗に丁度良いかもしれぬ」

「ぷぃぃ!!!」

 魔狼の名前を出した途端、毛玉は怯える素振りを見せた。どうにかして髪の毛に埋まろうとしているのか頭上でガサゴソとしている。

「おや、魔狼がわかるのか?ふぅむ、存外賢いのだな」

 言葉がわかるのであれば、人と交流していたのかもしれない。ならば中央へ行けばなにかわかることがあるかもしれない。少しばかり光明が見えてきた気もする。

「我もお前の言葉がわかればよいのだがな」

「ぷいー」

 抑揚からなんとなく肯定やら否定はわかるのだが、細かいところまではわからない。風の交易神の神官であれば『通訳インタープリテーション』の奇跡で会話ができるかと思ったが、あれは人と人との会話に限られるのだったか。

 獣との会話であれば……とふと一人の姿が思い浮かぶ。

「そう言えば、麗しの姫は獣と会話ができるのだったな。王都へ言ってみるのも良いかもしれん」

「ぷい?」

「姫君は古き森人族エルダー・エルフでな、我も長い付き合いなのだ」

「ぷいぃぃ?」

 この国を治める王族は、古の森林族という古い種族だ。ミロクはその姫君と面識があるというが、毛玉は懐疑的な鳴き声を上げている。この得体のしれない男が由緒ある王族と繋がりがあると言って誰が信用するものか。

「なんだその声は。嘘ではないぞ。姫君とはもう数百年は合っておらぬのだが……」

「ぷい」

「嘘ではないと言っておるだろう」

 中央についたら手紙の一つでも認めるとしよう、積もる話はいくらでもあるのだ。

 何を書こうか考えながらしばらく歩いていると、太陽が高くなってきた頃に向かいから小柄な旅人が歩いてくるのが見えた。

「おや、ちょうどよいところに、そこの御仁、少々よろしいかな」

「うおっ!なんじゃい」

 驚く洞穴族ドワーフの旅人に、こういうものだと運び屋の認識票を見せるとおっかなびっくりとした様子は隠さずとも警戒は少しばかり解いたようだった。

「実は商隊キャラバンに置いていかれましてなぁ……すれ違ったか聞いてもよろしいかな?」

「あぁ、昨日の昼間、この先の野営地で見たよ。一緒に出立したから、もうそこそこ行ってんじゃねぇかな」

「おぉ、それは良いことを聞いた。この調子だと追いつけそうですな」

「ぷい!」

「それでは御仁、良い旅路を」

 去ってゆく奇妙な男に、旅人はなんだか白昼夢を見たようだと思った。

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