幕間①

「は?あの木こりランバージャックの兄弟が死んだ上、ヴィシャスが捕まったぁ?」

 蹴り上げられた円卓が宙を舞い、高級な葡萄酒や蒸留酒の瓶、様々な料理が床にぶつかって中身を撒き散らし、上等な絨毯をどろどろに汚した。

 あからさまに苛立たしげにしている上客の様子に、脇に侍る娼婦も気が気ではない。

 下手に口を出したら首が飛ぶかもしれない、だからといって何も言わなくても首が飛ぶかも知れない、そんな理不尽極まる二律背反に、思考が堂々巡りを起こしているのだ。

「衛兵に金掴ませて引っ張り出させろ!」

「は、た、直ちに……!」

 店をめちゃくちゃにされて、グラスを投げつけられて上等な衣類を汚されてもなお、店主は逆らうことはできない、それほどにこの男は恐ろしい。

「てめぇらは何やってやがる!酒もってこい酒ェ!!!」

 床に転がった酒の瓶を踏んで叩き割り、上質な床材に傷が入るのも気にせず、男は不機嫌に喚き散らす。

 木こり兄弟の盗賊団は、彼にとっていい小遣い稼ぎになっていたが、それはまぁいい。

 問題は優秀な手駒、もとい優秀な術士であるヴィシャスが捉えられたということだ。

「それで、被害はどんなもんだ?」

「あ、はい……。盗賊団は過半数が死にました。残りも全部捕まって、壊滅状態です……」

 その報告に帰ってくるのは一つの舌打ちだ。

「あー、めんどくせぇ、小遣いが減っちまうよ。それで、誰がやりやがったんだ?」

「流れの運び屋っていう話です、なんでも竜人ドラゴニュートだとか……」

「なんだぁそりゃあ……」

 男は状況を把握できずにいた。

 と、いうよりも、あまりに荒唐無稽がすぎるので信じることができていなかった。

 運び屋は危険な仕事だ。だからある程度は実力が必要だし、野盗程度なら撃退できる実力を持っている輩がいても不思議ではない。

 しかし、あの兄弟はそんじょそこらの野盗とはわけが違う。

 都の闘技場コロッセオで無敗の兄弟ということで高値で買い上げたのだ。

 その目論見は正しく、兄弟は投資に見合った稼ぎを上げていた。これからも存分に稼いでくれるだろうと思っていた矢先にこれだ。

 身銭を切った投資故、腹立たしい。

 だからこそ、それをやらかしたバカをタダで済ませるつもりはない。

 報告の通り、本当に竜人であるのならば、希少な種族故欲しがる物好きに高く売れるだろう。それで元を取ればいい。

「そういや、その運び屋。今度の商隊と一緒に街に出るそうで……」

「へぇ……」

 そういえばそんな話もあったか。

 クレイドルのバカが護衛をたっぷりつけて娘を送り出すとか。

 だったら、まとめて金を引っ張るいい機会だ。

 商隊を襲って商品をぶんどる、娘をひっ捕らえて身代金をぶんどる、そして大損こかせたバカをひっ捕らえて売り飛ばせば一石三鳥丸儲けだ。

 多少の損害なんざ気にならない。

「ようし、兵隊集めろ!」

 一転上機嫌になった男に胸をなでおろしながら、新しく酒瓶が開かれるのだった。

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