中央への道⑪
それはパチパチと焚火がいい具合に火が大きくなってきた頃に、遅めの昼飯にでもしようと
先程まで長閑だった野営地に、どかどかとなだれ込むように馬車が乗り込んできたのだ。
「な、なんだ?どうしたってんだ……?」
「悪い、場所空けてくれ……みんな疲れてるんだ」
いきなりやってきた
魔術の追い風を受け休まず走ったせいで輓馬は疲労困憊。それに跨っていた兵士も、操っていた御者も、馬車に乗っていた傭兵たちもまた同様だった。
「お前らも早いうちに休んでおけ。いつ別働隊がやってくるかわかんねぇぞ!」
具足の留め金を緩め、どっかりと腰を下ろしたグスタフは頭から被るように水を飲む。
「俺も年だなぁ……そろそろ引退か?」
「やめてくださいよ旦那。俺たち心細くって仕方ねぇ」
「うるせぇ。元気があるなら野営の準備しろ……わりぃが、少し休む……」
馬車から振り落とされないようにしがみついていたこともあり、腕やら足やらそこらじゅうが悲鳴を上げている。
年長とは言え一番鍛えているであろう自分がこうなのだ、後続の馬車に乗る傭兵はもちろん、貧弱そうな妖術師や吟遊詩人、護衛対象のお嬢様はもう下手をしたら死んでいるんじゃないかと思えるほどに過酷な逃避行だった。
幸いにも傭兵たちは比較的消耗が少なく見えるが、ずっと術を行使していたフィサリスや妖術師はもう限界に近いようで、妖術師に至っては杖にすがりついて立っているのがやっとという有様だった。
「おい、マルク。あいつを手伝ってやれ。もうぶっ倒れそうだ」
「あいよ、大丈夫か?肩貸すぞ」
妖術師はふるふると首を振るがどうも頼りない。仕方なしに抱えるようにして持ち上げると大人しくなった。もとより抵抗する体力は残っていなかったのだろう。それほどに長時間の術の維持というのは大変なのだ。
「眠っちまった……」
「どっかで寝かせてやれ。術士が疲労でいざというときにまともに動けませんじゃ話にならねぇ」
「わかってますよ。おいグレアム、何か敷くもんもってきてくれ」
比較的疲労の少ない兵士やなんとか動ける手斧の友傭兵団手動で野営の準備が進められていく。
「私も休憩。
皆が協力して野営の準備をすすめる中、二人の術士が休むのを咎めるものは居ない。無事に逃げられたのはこの小柄な妖術師が『矢避』の防壁を張ってくれたおかげで、華奢な吟遊詩人の『追風』が一行の足を推し進めてくれたおかげだと誰もが理解している。
「アタシは結界張ってくるわ」
「近場に水の匂いがする。私は水を汲んでくるとしよう」
てきぱきと己の特技を活かして目まぐるしく準備が進む様子にあっけにとられていた旅人は、はと思い出した様子でグスタフに顔を向けた。
「お主ら、何もんじゃい」
すっかり蚊帳の外にされた先客の
相手はいかにも傭兵でございますと言った様子の武装した無頼漢たち、警戒するのも無理はない。
その相手をするのは一応代表格のグスタフの仕事だ。
「
「ほー。そりゃあ大変じゃったの。どれ、儂の酒を分けてやろうの」
そう言って旅人はまるで運び屋かと思うほどの大きさの酒樽を叩いてみせた。
「そりゃあ助かるぜ……」
「おい!何だあれは!」
これで一息つけると思った瞬間、叫んだのは誰だったか、それに合わせて皆彼が指差す方を見た。
「火事だ!大火事だ!!!」
その方向は、先日野営をした近くの森があった場所だった。
燃え盛る炎は天を撫でるようで、生木が燃える真っ黒い煙が空を塗りつぶし、徐々にその範囲を広げている。
「おいおい嘘だろ……」
誰もがあまりの光景に息を呑んでいた。
襲撃程度では眉一つ動かさなかった歴戦のグスタフもまた、口をふさぐ事ができないほどだった。
傭兵稼業二十余年、様々な戦場を渡り歩いてきたが、あれ程の勢いで燃える森など見たことがなかった。
嫌でも殿を努めた面々の顔が浮かんでくる。
「あいつら、大丈夫か……?」
具足の留め金を締めて立ち上がろうとするグスタフの肩を抑えたのは、部下の一人であるリチャードだった。
「これ以上兵力を分けるわけにはいきません」
「お見通しかよ……」
「何年あんたの
この人は放っておくと一人で馬をもって加勢に行きかねない。もはやすでに殿としてかなりの人数を置いてきてしまっている故に、数少ない
「確かに心配ですが、あの騎士も斥候も竜人も、信頼できる仲間じゃあないですか」
「それもそうだな……」
とは言うものの、心のなかにざわめくものを押さえるのは簡単なことではない。いま出来ることは、英気を養い、ただ待つことだ。しかし……。
「やっぱり、待つってのは辛いな……」
見ているだけしかできないというのは、いつでも歯がゆいものだ。
拳を握りしめる義父に、義息子はただ肩に手を添えることしかできなかった。
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