はじまりの街の話⑤

 自在扉を蹴破って無礼に飛び込んできたのは髭面の大男だった。

 はて、どこかで見たことがあるようなないような、と記憶を漁るミロクだったが、その大男が放り捨てた顔を見て思い当たった。

 喧騒はどこへやら、しんと静まり返った店内の中央で生き絶え絶えに蠢くのは昼間首を渡した番兵である。

「俺様のかわいい兄弟がよぉ、かわいそうに死んじまったぁ……」

 わざとらしい涙混じりの声、まさかと推測するまでもなく、あの野盗の頭の兄弟だ。

破落戸ごろつき風情が何のようだ!」

 激昂した店主が声を上げるが、帰ってきたのは返事ではなく拳だ。

 鼻の骨が折れたのか、血を流して床にうずくまる。

「だ、誰か衛兵を呼んでこい!」

「だめだ、裏口にも奴らの仲間がいる!」

「衛兵はなにをしてるんだ!」

 どうやらこの酒場はすっかり囲まれてしまったらしい。

 先ほどとは違う混乱と悲嘆の喧騒に包まれた店内の、その騒ぎよりも大きな声で大男は叫んだ。

「俺の兄弟を殺したバカを差し出せ!そしたら見逃してやっても良い」

 どう見ても言葉が通じる手合ではない。

 ならば致し方ないと立ち上がるミロクにスィダーは訝しげな目を向ける。

「お前か」

「手土産は気に入らなかったようですな」

「加勢はいるか?」

「ふはは、骨は拾ってくだされ」

 人波をかき分けながら前に出るミロクに、大男は少々驚いた様子で目を見開いた。

 だがそれも一瞬のこと、即座に立ち直る胆力はまぁ褒めるに値するだろう。

 街に乗り込んでくる辺り危機感の欠如とも言えるだろうが。

「何だてめぇ」

「我、運び屋ポーターにして旅の修行僧モンク、名をミロクという。この度は御兄弟の不幸、誠お悔やみ申し上げる」

 竜人式の合唱に合わせて恭しく頭を垂れるミロクに大男は一瞬気を抜かれていたが、即座にその顔面を叩き潰すように手を添えて膝を打ち上げた。

 その場の誰もが頭蓋骨が叩き割られ、脳漿が撒き散らされる光景を予想しただろう。

 しかし、強烈な衝突音の後、膝をついたのは大男のほうだった。

「おやおや、これは中々、頑丈ですな」

 逆に膝をへし折るつもりで迎撃したのだが、向こうの足も中々に頑丈なようで未だ形を保っている。

 しかし、罅でも入ったのか、立ち上がる姿はややぎこちない。

「てめぇ!何しやがった!」

「はて、何もしておりませんなぁ」

 嘘だ。寸勁を応用した頭突きを膝蹴りに合わせている。

「ほざけっ!」

 大男は背負った巨大な金属の塊のような大鉈マチェットを振り上げた。

 血錆で汚れたそれは刃だけが怪しくギラついており、”普通なら”まともに受ければ骨ごと体を袈裟斬りにされるのは言うまでもない。

「斧の次は鉈、生業は木こりランバージャックか何かですかな?」

 顔を真っ赤にした大男が力の限り振り下ろす。

 鋭い切れ味と、凄まじい重量のあわせ技は、いかなる命をも刈り取るだろうことは想像に難くない。

 しかし、そうなることはなかった。

 そのかわりに、大きく木材がきしみ、へし折れる音が響いたかと思えば大男の体が浮き上がった。

 強烈な踏み込みが床を叩き割り、その威力を従前に伝えた拳が大男の腹に突き刺さったのだ。

 大男の内蔵は、幾つかめちゃくちゃに破裂し溢れ出て行き場を失った血液がいの内容物と混ざって血反吐となって溢れ出した。

 それを全身に浴びながら、今度は大きく足を振り上げる。

「苦しませるのは趣味ではないのでな。死にませい」

 本当は先程の一撃で即死させるつもりだったが、この男、妙に頑丈だ。

 ならばさらに強い一撃で叩き潰すしかない。

 目にも留まらぬ疾さで振り下ろされた踵落としは大男の頚椎をへし折り、背骨を有り得ない方向へ、不可能な角度で捻じ曲げた。

 これで生きている生物は、そもそも打撃が効かない類の怪物、不死者アンデッド、もしくはドラゴンくらいのものだろう。

「さて、敵討ちをしますかな?それとも逃げ果せるか……」

 そこま口にしたところで、ミロクは野盗の集団の中に密かにほくそ笑む影を見た。

「危ないっ!」

 誰かが叫び、同時に背後から立ち上がる気配に振り向くと、もはや息絶えているはずのあの大男が立ち上がり、大鉈を振り上げているではないか。

「死ねぇぇぇぇぇええええええい!!!!!!」

「『再生リジェネレーション』か……!」

 一般的な治癒呪文以上の効果を持つ最上級の術を、なぜこんな野盗風情が。

 そう考えている暇もない。内蔵を潰しても、主要な骨をへし折っても、すぐさま回復し立ち向かってくる。

 おそらく痛覚も『麻痺パラライズ』の術等を使用して無効化させているのだろう。

「グハハハハハハハハ!!!!効かねぇなぁぁあああ!!!!!」

 辺り構わず大鉈を振り回す大男だが、ミロクにとってはその程度たやすく躱せる。

 しかしこれでは千日手だ。ミロクの体力が切れるのが速いか、『再生』を使っている魔術師の魔力切れが速いかの賭けでしかない。

 耐えきる自信はあるが、周りの被害は増える一方だ。

「スィダー殿、雑魚は任せましたぞ」

「わかった、店には一歩も入れん」

 一言言葉を交わし、振り下ろされる腕を掴み取ればその勢いを載せて大男を表通りへと投げ飛ばす。

 何人か野盗も巻き添えになるが気にするつもりはない。

「これで、一網打尽といこうか……」

 店から漏れる逆光に照らされて暗く沈んだミロクの顔は、黄金の目だけが輝いて見えた。

 

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