はじまりの街の話⑦

 夜が明けた。

 普段であれば宿から下りてきた人々が朝食を嗜む酒場だが、今日に限ってはその賑わいはない。

 なんせ表で大人数の焼けた人間が転がっており、衛兵も総出で後処理に取り掛かっているためおちおちゆっくり朝食を取っている雰囲気ではない。

 が、そんな中で円卓を挟んで食事をとっている二人の、いや、二人と一匹の人影があった。

「ふはは、今日は貸し切りですな」

「誰のせいだ、誰の」

「ぷい!」

「そうか、美味いか」

「話を逸らすな」

 店を閑古鳥にしたせめてもの贖罪に、と注文した一番高い料理と葡萄酒ワイン、ふわふわのバゲットや果物、チーズ等が食卓に並んでいる。

 もちろん、果物は毛玉のために用意してもらったもので、等の毛玉はその皿に頭を突っ込んで、果汁で毛皮が汚れるのも厭わずに咀嚼している。

 この様子だと今日もまた井戸を借りねばなるまい。

「まぁまぁ、貴公も食事を堪能なされよ。この後は衛兵に弁明するので時間がないのだ」

 ミロクはそう言いながら分厚いステーキを大きく切り分け、付け合せの野菜と一緒にそれを一口で平らげる。

 うまく肉汁を閉じ込める調理法だとか、特性のソースの味だとか、旨味を引き出す香辛料スパイスだとかを細かく判断できる舌は持たないが、ともかく美味ければそれで良いし、美味いのでそれで良いのだ。

「うむ、美味であるな。ふはははは」

「全く……」

 そういいつつもスィダーは机の上のスープに手を付ける。

 チーズを載せたバゲットをたっぷりと浸して、チーズがとろけてきた頃合いでそれを冷ましながら一口。

 丁寧に煮込まれた幾つもの野菜や肉の旨味だけを凝縮したような上品な味わいは、森林族エルフが長い年月を使って編み出した秘蔵のレシピを平原族ヒュームが舌だけで盗み出したと言われている。

「私に言わせれば里で食べたものに比べれば……と言いたいところだが悪くはないな」

「素直ではありませんなぁ」

「ぷい」

「ほら、毛玉もこう言っておる。美味いものは素直に美味いというべきですぞ。給仕度の、果物をもう一皿」

「ふん、森林族にも面子というものがある」

 スィダーは面白くないと言わんばかりの顔で果物に手をのばすが……。

「ぷい!」

 短い前足でその手が引っかかれる。

 が、爪が立っているのかもわからない前足ではなでているだけにしかならない。

「あぁ、すまない。それにしてもお前はよく食うな……この小さな体によくも入るものだ」

「ぷい」

 スィダーは明らかに体積以上を平らげているように見える毛玉をつんつんとつついてみる。

「大食いというよりも、食べれるときに食べれるだけ溜め込む生体なのかもしれませぬな」

 まるで冬眠前の小動物のようだが、今はまだ冬まで遠い。

 ともすれば、食事を取れる季節が限られている地方の生まれなのかも知れない。

 仕事もあることだし、中央に向かった際に調べてみるとしよう。

「失礼する」

 そこに割り込む一つの声の方を見てみれば、立派な金属鎧を纏った衛兵がそこにいた。

 磨かれていながらも鎧に刻まれた無数の傷や、すり減って手に馴染む形になった剣の柄を見るに、如何にも歴戦といった風貌のその衛兵は、問いかけるまでもなく兵士長であること理解できた。

 ぎろり、と睨みつければ大抵の破落戸は震え上がって逃げ出すだろうが、相手は歴戦の竜人、眉一つ動かさずに視線を合わせる。

「貴様が昨日の騒ぎの原因か」

「いやぁ、手土産に兄弟がいるとはつゆ知らず。あぁいう手合は根切りにせねばならなんだ……」

「ふん、今貴様が捉えた術士を尋問しているところだ。俺個人としては貴様もひっ捕らえたいところだが、規則は規則!お尋ね者を捉えたことに対しては報奨金は出す」

 重たい音を立てて金貨袋が机の上に投げ出された。

 しかし、相手にした野盗の規模に対しては、非常に少ない額に見える。

「これっぽっちですかな?」

「焼けてしまって誰かもわからん死体に懸賞金は出せん」

 こればっかりはミロクの落ち度だ。特に一番大きい懸賞金がかかっていたであろう頭目の大男は灰すら残さず焼き尽くしている。

「随分と財布の紐が硬いですな」

 とはいいつつも、これ以上嫌味を言えば出るものも出なくなるので、ありがたく金貨袋を受け取って懐に仕舞った。

「それで、以上ですかな?」

「ふん、俺たちの尋問官はお前相手に話は聞き出せん。癪だが、これで済ませる。だが、二度と大騒ぎは起こすなよ」

 これ以上は顔も見たくない、そう背中で語る兵士長は乱暴な手付きで自在扉を潜って行った。

「嵐のような人ですなぁ……」

「鬼の兵士長相手によくもあそこまで強気になれるな」

「ふはは、本物の人食い鬼オーガには及びませぬ。ほれ、毛玉すら怯えておらぬ」

 ただ単に無神経なだけのように思えるが、毛玉はあいも変わらず果物を貪っている。

「ぷい」

 そうして皿をまた一つ空にして、催促するようにミロクに押し付けるのだった。

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