プロローグ②
「《我が血に交じりし頑健なる者よ、その力の一端を貸し与え給え》」
傷口に手を当て、祝詞を練りつつ気を送り込む。治癒の呪文の一種だ。
それを専門とする僧侶であれば、もっと万全に癒やすことが出来るのだろうが、今はこれで我慢してもらうしかない。
馬はすぐさま立ち上がって鼻を鳴らしているが、警戒は解けたようで逃げ出す様子はなかった。
存外、軍馬に向いておるやも知れない。
「どうどう、これでしばらくは大丈夫だろう」
あとは血を増やさなければならない。たっぷりと食わせて休ませてやろう。
さて、あとはこの散乱した荷物をどうするか、とりあえず馬車を起こすところから始めた。
二頭立ての大型の馬車だが、彼の膂力を持ってすれば長椅子をひっくり返す程度には容易い。
「うぅむ……これは酷い……」
馬車を起こしてみたはいいものの、車軸が折れてしまっており直しようがない。
そもそも直すにしても必要な道具などなかった。
荷物は勿体ないが、全て持っていくことは出来ないだろう。
しかし、幸いにも馬は一頭無事だ。
見たところ足もしっかりしているから、たっぷりと荷物を積めることだろう。
鞍はないが、もとより乗るつもりもなし、あとは縄と木箱を加工してやればなんとかなりそうだ。
「ふむ、これは食料、こっちは衣類、こっちは道具類……典型的な行商人か。おや?」
そうやって持っていく荷物を精査していると、一つの変わったものが見つかった。
檻だ。
大きさは一抱えほどの小さな檻、覗いてみればそこには見たこともない生物が丸まって眠っていた。
あの衝撃と喧騒を物ともせず眠るのは豪胆だからかはたまた呑気だからか。
ともかく無事なら良いと持ち上げると、中の生き物は目を覚ましたようだった。
「ぷい」
なんとも気の抜ける鳴き声だった。
丸まっているのかと思いきや、ただ単純に丸い。もこもことした長い毛足がそう形作っているようだった。
ぴんと立った長い耳は兎のそれに似ているが、前足と後ろ足の短さを鑑みればあの飛び跳ねる素早さは期待できそうにない。
ミロクは長い間世界中を見て回っていたが、初めて見る生き物だった。
それは中から出してくれと言わんばかりに檻の側面をひっかくようにして短い前足で空を掻いている。
「ふむ、出たいのか」
「ぷい」
今のは返事をしたのだろうか。
仕方無しに供養のために整えておいた御者の骸を改めると、やはりというべきか腰に黒鉄の鍵が下がっていた。
試しに差し込んでみると、その鍵は予想通りに音もなく檻の蓋を開けた。
「ぷい」
蓋が開く前から体を押し付けていた謎の生き物が這い出てくる。
こういう小動物は大概すばしっこいものであるが、これはなんというか、手足が短いせいか極端に動きが遅い。
とても野生で生きていけるとは思えない生き物だ。
「ふむ、どこかに運んでいく最中だったのだろうか……」
と言ってもそれを聞き出せる人物はもう死んでいるわけで、どこかへ運ぶにしてもとりあえず先約の荷物は運ばなければなるまい。
たしかこの先の道は地図によれば分岐もない真っ直ぐな道であるはずだ。
ともすれば、街で話を聞けるだろう。
「すまぬが、しばし付き合ってもらうぞ」
「ぷい」
毛玉はひとつ鳴き声を上げると、短い足で器用に駆け上がり編笠の上に収まった。
他の荷物も見ておきたいところだが、空に浮かぶ雲が増えている。
これ以上ここにとどまっているわけにも行かない、時期に雨が降るだろう。
いそいで荷物を詰め込んで、いやがる馬を引っ張るようにしてその場を後にする。
彼らが去った後には、馬車の残骸と、2つの小さな墓が残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます