交易都市ウェストヒルズ⑧

「ど、どういうことだ!」

 叩きつけられた拳が机を揺らし、値千金のカップが床に転げ落ちた。労働者が一生涯かけても買えるかどうかわからない絨毯が紅茶で汚れるのも気にせずに、領主代理であるオベールは口角に泡を吹かせながら叫ぶ。

「この地は亜人により汚れすぎました。疫病が流行った村を焼くように、一度焼かねばなりません。ですが、あなたのお父上も、フラムスティード大公もそれが分かっていなかった。だから天罰を下したのです」

「バカな、父上は病気だと……」

 宰相は愚劣なものを見るような目で主であるはずのオベールを見下ろして鼻で笑った。実際、宰相の目にはそれが愚劣なものでしかないのだ。ちょっと甘やかしてやっただけでどこまでも沈み込み、父親が本当に病で臥せっていると信じ込んでいる。おそらく、薬だと偽って毒を飲ませていることにすら気が付いていないだろう。

 豚のように肥え太ったオベールはもはやお飾りとしても意味も持たず、主君としての価値はない。

 いや、そもそも最初からそんな価値を見いだせる親子ではなかったのだ。隣国との交易を名目に、汚らわしい獣やら亜人やらに国土を踏ませるなどと、全く理解に苦しむ。それ以上にこの国を修めるのが古の森林族エルダー・エルフであることも彼にとっては腹に据えかねることだった。

 至上の種族である平原族ヒュームこそ、万物の霊長にほかならない。それ以外の種族はすべからく平原族に平伏するものなのだ。

森林族エルフ洞穴族ドワーフ獣人パッドフットも我が物顔でこの地をのし歩いているのをなぜ許しているのか、理解できませんな」

「な、何を言って……」

「ふん、愚か者にはわかるまい」

 宰相は夕焼けで赤く染まる街を見下ろした。日が沈みこめば、魔族の大群が押し寄せ、亜人も、それと仲良くする愚かな民衆もまとめて消し去ることだろう。なんと気分がいいことか、それを特等席から見下ろすのはどれだけ気分がいいだろう。

 もはや堰き止める術はない、神殿から祭具を取り上げ、思ったより打撃を与えることはできなかったが、昨夜の襲撃で街を守る兵士も騎士も相当数を始末することができた。

 この襲撃が成功すれば国内の情勢は一気に平原族至上主義者が力をつけることになるだろう。

 そうすれば古臭い森林族の王を玉座からけとばすことだって、あの美しい姫を好き勝手することすら思いのままだ。溢れ出す笑みが溢れるのを堰き止める必要もなく、宰相は高笑いする。

「それでは。あとは任せたぞ。!!!」

 山羊頭の悪魔は、恭しく宰相に傅くと、影の中に沈み込むようにして消えた。その瞳に憎悪の炎を浮かべながら。

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