交易都市ウェストヒルズ⑦

 ユシェルがお茶を運んでくるまでの間にミロクは自分の破壊した机の片付けをさせられていた。ウォルターは気にするなと言っていたがグレースは許さなかったし、なにより自分がやらかしたのだから、自分で片付けなければなるまい。

 残骸を脇に寄せながら、ミロクは自分の考えを語り始める。

「まず、第一段階。領主を無力化、あるいは暗殺し、その後継に収まるか、もしくは傀儡化させる。我の見立てではおそらく後者、それにご領主はもう死んでおられるでしょう」

「なぜ死んでいると……?」

「病気だなんだと言っておけば表に出ずともまぁ怪しむものは居らぬし、立場上確かめに行けるものも限られる。医者も召し抱えがおるでしょうからな、大きな破片はこれで全てか」

 残骸を脇に寄せ、手の汚れを払う。

「もし死んだことが発覚しても、病気で死んだって言えばそれまでっつーことか……」

「そのとおり、次に第二段階、領主の代理に甘い餌をちらつかせ、税収を上げさせる。もちろん不満が募り、その解決を余儀なくさせる」

「その解決法が、神殿から取り上げた祭具を使った儀式ですね」

「いかにも、皆様話が早くて助かりますな。おっと毛玉にも木の破片が……」

「ぷい」

 ごく小さな木片を取り除いてやると、毛玉は偉そうな態度でミロクを見上げた。

「しかし、狙いは税収の改善などではない。神殿のものでなくてもある程度信仰を持っているものであればその危険性など嫌でもわかりますからな」

「では、真の狙いは……?」

「まぁ待たれよ。第三段階、街に呪いを持ち込ませる。ウェストヒルズはこのへんでは一番大きい街だ。村々で手に負えん呪いはここに持ち込まれるのは目に見えておる」

「それがアンタってわけか」

「そうだ、呪いの性質上、並大抵の実力者では街に着く前に死んでしまう。だから大量の輸送を行う我らが都合が良かった。護衛がたっぷり着いていて、夜鬼程度ならまず撃退出来る程度の実力者が乗り合わせている。しかもその中にはウェストヒルズを拠点に活動する巡回説教者サーキットライダーもいると来た。おそらく依頼主もグルでしょうなぁ。お嬢様というのも居らなんだのでしょう。すべては呪いを運ぶ確実性を上げるための仕込みだったのやもしれませぬな」

「そんな、アタシまで利用したってのか……」

 ようやっと片付けも終わり、どっかりと椅子に腰掛けると見計らったかのようにユシェルがお茶を持って入ってきた。

「どうぞ……」

「有り難く」

 カップを受け取り、それをゆっくりと喉の奥へと流し込む。

「本来であれば、あの襲撃もさっと呪いをかけて適当なところで切り上げるつもりだったのでしょう。しかし、ここばかりは向こうの思うようにはいかなかった」

「初動も早かったし、お前がやりすぎたってか」

「ふはははは、いかにも。常人であれば悪魔など出たら逃げ出しますからなぁ」

「まぁそりゃあな……」

「だが、結果的に呪いはかかり、街へ運び込まれた。おそらく賭けだったのでしょうが、掛けには勝った」

 事実として、呪いはミロクとともにここにある。

「呪いは魔族を次々と呼び寄せ、それに対抗できる神殿は祭具を欠いている上、昨日の襲撃で兵士はズタボロで機能不全。しかもそれを抱えているのは祭具を抱えた神殿。おそらく今夜が本命でしょうなぁ、ふはははははははは」

「何笑ってんだお前!」

「いやなに、厄介なものに目をつけられてしまったと思ってな」

 もう笑うしかないほどに見事にしてやられた。対抗できる手段はなく、もはや積みかけている。早急に手を打たなければ、今夜にでもこの街は地図から消えることになるのは自明だ。

「それで、この街を魔族に襲撃させてどうしようってんだよ」

 そこでウォルターがはっと気づいたかのように顔を上げた

「だから平原族至上主義者ヒューマニストか!」

「なんだよそれ」

平原族ヒュームこそ至上の種族であり、他は奴隷とするというような野蛮な考えです」

「あぁ、なるほど、ここは交易都市、他の国から着た森林族エルフ洞穴族ドワーフも、獣人パッドフットもいくらでもいやがる」

「そしてその呪いを持ち込んだのがそういった、やつらヒューマニストの言うところの『亜人』であるのならば、奴らは嬉々として排斥にかかるでしょうな」

 どう考えても笑いものではないが、ミロクは楽しくなってきたと言わんばかりに、その声色は喜色に染まっている。

「んで、どうするんだよ、お前の予想じゃあ祭具は敵の手のうちにあるんだろ?」

「うむ、しかし、大地母神の神殿は別だ。なによりも有り難いものがここに有るではないか、取り木された世界樹そのものが」

「……わかりました、職人をすぐに手配しましょう。枝の一本程度、大地母神様も赦してくださるでしょう」

 大地母神の神殿を包み込む木は、世界樹から取り木されたものだ。それを加工すれば、代替品にはなるだろう。もう時間がないが、今日一日持てば良いのだ。

「妖術師殿は結界を固める準備をしてくだされ、グレース殿は他の神殿に掛け合って、街に掛けられている防衛用の結界の強化に努めてくだされ」

「おいおい、お前はどうするんだよ」

 グレースの問いかけに、ミロクは獲物を見つけた肉食獣のように、歯をむき出しにして笑った。


「無論、打って出る」

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